英国の石油・ガス業界で「炭化水素会計ソリューション」への需要が高まっています。これは、生産から販売に至る物質の流れを正確に追跡・管理する仕組みであり、その考え方は日本のプロセス製造業における物質収支管理やトレーサビリティ強化にも通じる重要な示唆を含んでいます。
炭化水素会計とは何か
英国の石油・ガス産業の市場レポートで注目されている「炭化水素会計(Hydrocarbon Accounting)」とは、採掘された原油や天然ガスが、精製・加工を経て最終製品として販売されるまでの一連の流れにおいて、その量と質を正確に測定・追跡し、報告するための一連のプロセスやシステムを指します。単に量を測るだけでなく、パイプラインの途中での混合やプラントでの分離・反応といったプロセスを経る中での組成変化や品質変動も含めて管理する点が特徴です。これにより、生産管理の最適化、正確な財務報告、そして関係各社との公正な取引を実現することを目的としています。
需要の背景にある製造業共通の課題
レポートによれば、複数の資産(油田やプラントなど)を運営し、複雑な契約を管理する事業者ほど、統合されたシステムを求めているとされています。この背景には、多くの製造業、特に化学や素材、食品といったプロセス産業にも共通する課題が見受けられます。
第一に、サプライチェーンと生産プロセスの複雑化です。原料の調達先が多岐にわたり、複数の工場で異なる製品を生産し、顧客ごとに異なる仕様や契約が存在する場合、モノの流れを一元的に把握することは極めて困難になります。どこでどれだけの原料が投入され、製品となり、副産物や廃棄物がどれだけ発生したか、という物質収支(マテリアルバランス)を正確に把握することは、歩留まり向上やコスト管理の基本です。
第二に、コンプライアンスと報告義務の厳格化です。財務報告の正確性はもとより、近年では環境規制への対応、特に温室効果ガス(GHG)排出量の算定・報告といったサステナビリティに関する要求が厳しさを増しています。自社の生産活動に伴う排出量(スコープ1, 2)や、サプライチェーン全体の排出量(スコープ3)を正確に把握するためには、事業活動の根幹である物質のフローをデータに基づいて管理する仕組みが不可欠となります。
日本のプロセス製造業における応用
この炭化水素会計の考え方は、日本のプロセス製造業におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の方向性を示唆しています。これまで各工場や各部門で個別に管理されてきた生産量、在庫量、エネルギー使用量、廃棄物量といったデータを統合し、工場全体の物質収支をリアルタイムで可視化することの価値は計り知れません。
例えば、原因不明の原料ロスや製品の歩留まり低下が発生した際、正確な物質収支データがあれば、問題がどの工程で発生しているのかを迅速に特定し、対策を講じることが可能になります。また、製品の品質問題が発生した際には、原料ロットまで遡る高度なトレーサビリティを確保でき、顧客への信頼を維持することにも繋がります。これは、単なる生産管理の効率化に留まらず、品質保証や経営リスク管理の根幹を支える基盤と言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の英国の市場動向から、日本の製造業、特にプロセス産業に携わる我々が汲み取るべき要点は以下の通りです。
1. データのサイロ化からの脱却:
生産、品質、設備、購買、会計といった部門ごとに分断されたデータを連携させ、原料の受け入れから製品の出荷まで、一気通貫で物質の流れを追跡する視点が重要です。まずは主要製品のバリューストリームにおいて、どこにデータの分断やブラックボックスが存在するかを把握することから始めるのが現実的です。
2. リアルタイムな物質収支管理の実現:
月次や日次ではなく、よりリアルタイムに近い形で物質収支を把握する仕組みは、現場の迅速な異常検知や改善活動を促進し、経営層の的確な意思決定を支援します。これは、生産効率の向上とコスト削減に直結する重要な取り組みです。
3. サステナビリティ経営のデータ基盤構築:
脱炭素や資源循環といった社会的な要請に応えるためには、自社の事業活動を定量的なデータで語る必要があります。正確な物質収支の管理は、環境負荷を客観的に評価し、削減目標の達成度を測るための信頼性の高いデータ基盤となります。
特定の業界の動向として捉えるのではなく、自社の生産管理や経営基盤のあり方を見直すきっかけとして、こうした海外の先進的な取り組みに学ぶ姿勢が、今後の持続的な成長には不可欠と言えるでしょう。


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