韓国のバイオ医薬品大手セルトリオンが、米国での製造・研究開発拠点の拡大戦略を発表しました。この動きは、グローバルに事業展開する製造業にとって、サプライチェーンのあり方を再考する上で重要な示唆を含んでいます。
韓国バイオ医薬品大手の米国進出
韓国の大手バイオ医薬品企業であるセルトリオン社は、先日開催されたJ.P.モルガン・ヘルスケア・カンファレンスにおいて、米国内の製造施設を買収し、生産および研究開発の拠点を拡大する戦略を公表しました。同社はこの動きを「グローバルなサプライチェーンを強化し、米国市場での存在感を固めるための極めて重要な一歩」と位置づけています。これは、単なる一企業の海外進出というだけでなく、近年の世界的な潮流を反映した戦略的な動きとして注目されます。
戦略の背景にある「地産地消」とサプライチェーン強靭化
今回のセルトリオン社の決定の背景には、大きく二つの狙いがあると考えられます。一つは、巨大市場である米国での「地産地消」体制の構築です。製品を消費地の近くで生産することにより、輸送コストの削減や納期の短縮、為替変動リスクの低減といった直接的なメリットに加え、顧客のニーズや規制の変更に迅速に対応できるという利点があります。特に医薬品のような厳格な品質管理と安定供給が求められる製品において、市場に近い場所での生産は大きな強みとなります。
もう一つの狙いは、サプライチェーンの強靭化です。新型コロナウイルスのパンデミックや地政学的な緊張の高まりを経て、多くの製造業は特定の国や地域に依存するサプライチェーンの脆弱性を痛感しました。生産拠点をグローバルに分散させること、特に重要な市場においては域内に拠点を確保することは、不測の事態が発生した際にも供給を維持するための重要なリスク管理策となります。今回の動きは、まさにこの経済安全保障の観点に沿ったものと言えるでしょう。
M&Aによる迅速な拠点確保という選択肢
元記事の「The acquisition of the U.S. manufacturing facility」という表現から、セルトリオン社がゼロから工場を建設するのではなく、既存の施設を買収するM&Aの手法を選択したことがうかがえます。これは、海外拠点を迅速に確保するための実務的な選択肢として非常に有効です。
工場を新設する場合、土地の確保から許認可の取得、建設、設備の導入、人材の採用・育成まで、長い時間と多大な労力を要します。一方、既存工場を買収するM&Aであれば、これらのプロセスを大幅に短縮し、すでに稼働している生産ラインや熟練した人材をそのまま引き継ぐことも可能です。もちろん、自社の生産プロセスや品質基準に適合させるための改修や統合プロセスには困難が伴いますが、事業展開のスピードを重視する場合には極めて合理的な判断です。日本の製造業が海外展開を検討する際にも、こうしたM&Aによる拠点確保は有力な選択肢の一つとして念頭に置くべきでしょう。
日本の製造業への示唆
今回のセルトリオン社の事例は、日本の製造業にとっても他人事ではありません。以下の点で、自社の戦略を見直すきっかけとなるでしょう。
1. サプライチェーンの再評価とリスク分散:
自社のサプライチェーンが特定の国や地域に過度に依存していないか、改めて評価することが求められます。重要部品の調達先や生産拠点の複数化・分散化は、もはやコストではなく、事業継続のための必須要件となりつつあります。
2. 重要市場における生産体制の構築:
特に北米や欧州といった巨大市場に対しては、単に輸出するだけでなく、現地での生産・供給体制(地産地消)を構築することの重要性が増しています。これは安定供給だけでなく、貿易摩擦や関税といったカントリーリスクを回避する上でも有効です。
3. 海外拠点確保の手段の多様化:
海外拠点の確保においては、自社での新設だけでなく、M&Aも有力な選択肢です。自社の技術力、資金力、そして何よりも事業戦略上のスピード感を考慮し、最適な方法を柔軟に検討する必要があります。
今回の事例はバイオ医薬品業界のものですが、その根底にある「サプライチェーンの強靭化」と「市場への近接」というテーマは、自動車、半導体、機械、化学など、あらゆる製造業に共通する普遍的な課題です。グローバルな事業環境の変化を的確に捉え、自社の生産・供給体制をいかに最適化していくか。各社が改めて向き合うべき問いと言えるでしょう。


コメント