国際社会における核軍縮の枠組みが揺らぎ始めています。この動きは、遠い政治の話ではなく、グローバルに事業を展開する日本の製造業のサプライチェーンや事業継続性に直接影響を及ぼす、新たなリスク要因として認識すべき段階に来ています。
世界の安全保障環境と事業リスクの連動
BBCの音声番組が「核軍縮は自滅に向かっているのか?」と問いかけているように、昨今の国際情勢は、冷戦後の安定期が終わりを告げ、新たな緊張の時代に入ったことを示唆しています。ウクライナ情勢の長期化や大国間の対立先鋭化は、これまで自明とされてきた国際的なルールや協調の枠組みそのものを揺るがしています。このような地政学リスクの高まりは、もはや外交や安全保障の専門家だけの関心事ではありません。グローバルに張り巡らされたサプライチェーンを前提に事業を営む我々日本の製造業にとって、生産活動の根幹を揺るがしかねない、極めて現実的な経営課題となっています。
サプライチェーンの脆弱性とレジリエンスの再定義
地政学的な緊張は、様々な形でサプライチェーンに影響を及ぼします。特定の国や地域が紛争や経済制裁の対象となれば、そこからの部品や原材料の調達は瞬時に途絶する可能性があります。また、海上輸送路(シーレーン)の緊張が高まれば、輸送コストの高騰やリードタイムの長期化は避けられません。これまで効率性を最優先に構築されてきた「ジャストインタイム」を前提とするリーンなサプライチェーンは、こうした不測の事態に対して極めて脆弱であると言わざるを得ません。今、求められているのは、効率性だけでなく、不測の事態にも耐えうる「頑健性(レジリエンス)」をいかにサプライチェーンに組み込むかという視点です。特定国への依存度を客観的に評価し、調達先の複線化や生産拠点の地理的な分散を、平時から具体的に検討しておく必要があります。
高度技術の管理とコンプライアンスの重要性
国際的な対立が深まる中で、製造業が持つ高度な技術そのものが安全保障上のリスクとして認識される場面が増えています。特に、民生用と軍事用の両方に転用可能な「デュアルユース技術」に関しては、各国の輸出管理規制が年々厳格化される傾向にあります。精密加工技術、先端材料、高性能な半導体や制御システムなど、日本の製造業が強みとする技術の多くがこれに該当します。自社の技術や製品が、意図せず紛争当事国や規制対象国に渡ることのないよう、外国為替及び外国貿易法(外為法)をはじめとする関連法規を遵守し、輸出管理体制を徹底することは、企業の社会的責任であると同時に、深刻な経営リスクを回避するための必須要件です。定期的な該非判定の見直しや、取引先のスクリーニング強化が不可欠となります。
経営層と現場が共有すべき新たなリスクシナリオ
地政学リスクへの備えは、経営層が策定する事業継続計画(BCP)の中核に据えられるべきテーマです。しかし、その実効性を担保するのは、調達、生産、技術、営業といった各現場の取り組みに他なりません。経営層は、起こりうるリスクシナリオを具体的に示し、全社で危機意識を共有することが求められます。例えば、「特定地域からの重要部材の供給が半年間停止する」「主要な海上輸送路が利用不可能になる」といったシナリオを想定し、各部門がどのような対応を取るべきかをシミュレーションしておくことが有効でしょう。現場レベルでは、代替サプライヤー候補のリストアップや、設計変更による使用部材の共通化など、日々の業務の中で打てる対策を地道に進めていくことが、組織全体のレジリエンス向上に繋がります。
日本の製造業への示唆
今回のテーマから、日本の製造業の実務者が考慮すべき要点を以下に整理します。
1. 地政学リスクの「常態化」を認識する
世界の不安定化は一過性の現象ではなく、今後長期にわたって事業運営の前提条件となります。国際ニュースを「対岸の火事」と捉えず、自社の事業への影響を常に分析する視点が不可欠です。
2. サプライチェーンの脆弱性評価と再構築
コストや効率性だけでなく、「供給の安定性」「地政学的な中立性」といった新たな軸でサプライチェーン全体を再評価することが急務です。特定国・特定企業への依存度を定量的に把握し、代替調達先の確保や在庫戦略の見直し、生産拠点の分散化などを計画的に進める必要があります。
3. 技術管理・輸出管理体制の強化
自社の技術が安全保障上の規制対象となりうることを常に意識し、コンプライアンス体制を強化すべきです。特に、海外拠点を持つ企業は、現地の法規制も含めたグローバルな管理体制の構築が求められます。
4. BCP(事業継続計画)の高度化
自然災害だけでなく、サプライチェーンの寸断やサイバー攻撃といった地政学リスクに起因するシナリオをBCPに具体的に盛り込み、定期的な訓練を通じて実効性を高めていくことが重要です。


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