医薬品パッケージング大手のWest Pharmaceutical Services社が、自社のウェアラブルドラッグデリバリーシステム「SmartDose® 3.5mL」の製造・供給権を製薬会社のAbbVie社へ売却する契約を発表しました。この動きは、製造業における事業ポートフォリオの「選択と集中」を考える上で、示唆に富む事例と言えるでしょう。
契約の概要と背景
West社は、注射剤用のパッケージングや送達システムを提供するグローバル企業として知られています。今回の契約で同社は、特定の製品である「SmartDose® 3.5mL オンボディデリバリーシステム」に関する製造権および供給権を、主要な顧客の一社であるAbbVie社へ売却します。一方で、同シリーズの別製品である「SmartDose® 10mL」や、その他の技術開発・製造は引き続きWest社が手掛けるとしており、事業からの完全撤退ではない点が重要です。このことから、今回の決定は、製品ポートフォリオを見直し、経営資源を特定の分野に集中させるための戦略的な一手と見ることができます。
製造業における「権利売却」という戦略
自社で開発・製造してきた製品の権利を、特定の顧客やパートナー企業へ売却するという判断は、製造業においてどのような意味を持つのでしょうか。一般的に、製造業の事業戦略は、自社製造の強化か、外部委託(OEM/ODM)の活用という文脈で語られることが多いですが、今回はそのどちらとも異なるアプローチです。
考えられる狙いとしては、第一に「経営資源の最適化」が挙げられます。特定の製品ライン(今回の場合は3.5mL版)を、それを最も多く使用する顧客自身に委ねることで、West社は自社の設備や人員といったリソースを、より成長が見込める製品(10mL版など)や次世代技術の開発へ振り向けることが可能になります。これは、事業の「選択と集中」を製造レベルで具体化したものと言えるでしょう。
第二に、「顧客との関係深化」という側面も考えられます。AbbVie社にとっては、自社の医薬品に不可欠なデバイスのサプライチェーンを内製化することで、供給の安定化やコスト管理の自由度を高めることができます。West社は権利売却によって一時的な収益を得ると同時に、技術移管などを通じてAbbVie社とのパートナーシップをより強固なものにし、他の製品分野での協業を継続・拡大していく狙いがあるのかもしれません。
技術移管と品質保証の実務的課題
このような製造権の移管において、実務上の最大の課題は「技術移管」と「品質保証」です。長年培ってきた製造ノウハウ、工程管理の勘所、品質基準などを、いかに正確に、そして円滑に移管先へ引き継ぐかが成功の鍵を握ります。単に図面や仕様書を渡すだけでは、同等の品質を再現することは極めて困難です。そのため、売却側企業の技術者が移管先の工場へ長期間にわたり出向し、現場での指導やプロセスの立ち上げを支援することが不可欠となります。
日本の製造業の現場では、こうしたノウハウが特定の熟練技術者に依存している「暗黙知」となっているケースも少なくありません。権利売却のような戦略を視野に入れるのであれば、日頃から技術やノウハウの標準化、形式知化を進めておくことが、企業としての柔軟性を高める上で重要になってくるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回のWest社の事例は、日本の製造業にとっても多くの示唆を与えてくれます。以下に要点を整理します。
1. 事業ポートフォリオの定期的な見直し:
自社が抱える全ての製品ラインを、今後も自社で製造し続けることが最適とは限りません。製品のライフサイクルや市場での位置づけ、収益性を評価し、時には特定の製品の製造・供給権をパートナーへ売却するという選択肢も経営戦略として検討する価値があります。
2. 製造機能の柔軟な再配置:
自社の工場が持つべきコアコンピタンスは何かを明確にすることが重要です。成熟期に入った製品や、特定顧客への依存度が高い製品の製造を外部に移管することで、自社工場をより付加価値の高い新製品開発やマザー工場としての機能に特化させることができます。
3. 製造ノウハウの資産価値向上:
自社が持つ製造技術や品質管理ノウハウは、製品そのものと同様に価値ある経営資産です。これらを「権利」としてライセンス供与したり売却したりすることで、新たな収益源を生み出す可能性があります。そのためには、技術の標準化や文書化への投資が不可欠です。
4. サプライチェーン戦略の多様化:
顧客との関係性によっては、単なるサプライヤーとして製品を供給するだけでなく、製造権そのものを譲渡し、より深いパートナーシップを築くという戦略も考えられます。これは、サプライチェーンの安定化とリスク分散に繋がる可能性があります。
企業の成長戦略を考える上で、生産体制をどのように構築・再編していくかは避けて通れない課題です。今回の事例は、自社の強みを最大限に活かすため、製造機能のあり方をより戦略的かつ柔軟に捉え直すきっかけとなるのではないでしょうか。


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