バイオ医薬品業界に学ぶ、製造拠点の国内回帰 ― 米国の事例から日本のサプライチェーン戦略を考える

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長らくコスト最適化を追求してきたグローバルサプライチェーンですが、近年その脆弱性が露呈し、見直しの機運が高まっています。特に米国のバイオ医薬品業界では、安定供給と安全保障の観点から、生産拠点を国内へ回帰させる動きが加速しています。この潮流は、日本の製造業にとっても決して他人事ではありません。

グローバル化の揺り戻し:なぜ今、国内生産なのか

これまで多くの製造業は、コスト削減を最優先課題とし、世界中にサプライチェーンを広げてきました。人件費や原材料費の安い地域に生産拠点を移すことは、企業の競争力を高めるための定石とされてきました。しかし、新型コロナウイルスのパンデミックや地政学的な緊張の高まりは、このグローバルサプライチェーンが抱える脆弱性を浮き彫りにしました。特定の国や地域への過度な依存が、いかに大きな供給途絶リスクを伴うかを、我々は身をもって経験したのです。

こうした背景から、特に米国のバイオ医薬品業界では、生産拠点を国内に戻す、あるいは近隣国へ移す「リショアリング」や「ニアショアリング」の動きが戦略的な重要性を帯びています。これは単なる一時的な流行ではなく、事業継続計画(BCP)や国家の安全保障にも関わる根源的な変化と言えるでしょう。

米国で国内回帰を後押しする三つの要因

米国のバイオ医薬品業界が国内生産への回帰を急ぐ背景には、大きく分けて三つの要因が考えられます。

一つ目は、言うまでもなく「サプライチェーンの強靭化(レジリエンス)」です。パンデミック時に経験した医薬品や医療機器の不足は、国民の生命に直結する製品の供給を海外に依存するリスクを明確に示しました。国内に生産拠点を持つことは、有事の際にも安定した供給を維持するための生命線となります。これは、半導体や自動車部品の供給網混乱に直面した日本の製造業にとっても、深く共感できる点ではないでしょうか。

二つ目は、「地政学リスクと政府の政策」です。米中間の対立や貿易摩擦は、関税の導入や輸出規制といった形で、サプライチェーンに直接的な影響を及ぼします。これに対し米国政府は、インフレ削減法(IRA)などを通じて国内での生産を強力に後押ししています。企業の拠点戦略が、国際情勢や各国の政策と不可分になっていることの表れです。日本においても経済安全保障推進法が制定されるなど、同様の潮流が見られます。

そして三つ目は、「品質管理とリードタイムの優位性」です。物理的な距離が近い国内生産は、製造工程の細部にまで目が行き届きやすく、高い品質基準を維持することに繋がります。また、知的財産の保護という観点でも、海外拠点に比べて管理がしやすいという利点があります。さらに、市場の近くで生産することで需要変動への迅速な対応が可能となり、輸送コストやリードタイムの削減にも寄与します。これは、高品質なモノづくりと納期遵守を重んじる日本の製造現場の思想とも通じるものがあります。

国内回帰への現実的な課題

もちろん、生産拠点の国内回帰は簡単なことではありません。最大の障壁は、新たな工場の建設や生産ラインの設置に伴う莫大な初期投資です。長年海外で構築してきたサプライチェーンを再編するには、相当な時間とコストを要します。また、国内における熟練労働者の確保も大きな課題です。特に日本では、少子高齢化による労働人口の減少が深刻であり、これは避けて通れない問題です。

こうした課題を乗り越えるためには、自動化やデジタル技術を積極的に導入し、生産性を飛躍的に向上させる必要があります。スマートファクトリー化への投資は、単なるコスト削減策ではなく、国内で生産を維持・拡大するための必須条件となりつつあります。

日本の製造業への示唆

今回の米国の事例は、日本の製造業にいくつかの重要な示唆を与えてくれます。

1. サプライチェーンの多角的な再評価
これまでの「コスト」という単一の評価軸から、「レジリエンス(強靭性)」「経済安全保障」「リードタイム」といった複数の軸で、自社のサプライチェーンを再評価することが求められます。どの部品や製品が供給途絶のリスクを抱えているのか、その影響はどの程度か、具体的なリスクシナリオを想定し、対策を検討すべき時期に来ています。

2. 国内生産拠点の戦略的価値の見直し
国内の工場は、単にコストが高い生産拠点ではなく、最新技術を試すマザー工場、高度な技術を持つ人材の育成拠点、そして有事の際の供給を支える戦略的拠点としての価値を持っています。その価値を正しく認識し、必要な投資を継続していくという経営判断が重要になります。

3. リスク分散の現実的な選択肢
全ての生産を国内に戻す「完全なリショアリング」が現実的でない場合も多いでしょう。その場合、重要部品のみを国内生産に切り替える、あるいは政治的に安定した友好国・同盟国との連携を深める「フレンドショアリング」など、リスクを分散させるための多様な選択肢を検討することが実務的なアプローチとなります。

グローバルな競争環境が厳しさを増す中で、サプライチェーン戦略は企業の生命線を左右します。今回の米国の動きを参考に、自社の現状を冷静に分析し、将来を見据えた生産体制の再構築に着手することが、今まさに求められていると言えるでしょう。

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