地政学リスクやパンデミックにより、サプライチェーンの脆弱性は製造業における恒常的な経営課題となりました。このような供給途絶のリスクに対し、企業は「在庫」と「調達先の多様化」という手段で対抗しますが、どちらがより有効なのでしょうか。フランスの製造業に関する詳細なデータ分析から、その実効性と日本の製造業への示唆を探ります。
高まるサプライチェーンの脆弱性という経営課題
昨今の国際情勢の不安定化や、パンデミック、自然災害などにより、グローバルなサプライチェーンはかつてないほどのリスクに晒されています。特定の国や地域からの部品・原材料の供給が突然途絶える事態は、もはや例外的な出来事ではなく、事業継続を脅かす日常的なリスクとして認識されるようになりました。これまで効率性を追求してきたサプライチェーンが、逆に脆弱性の根源となるケースも少なくありません。このような状況下で、供給の安定性をいかに確保し、事業の強靭性(レジリエンス)を高めるかが、製造業の経営層から現場に至るまで共通の重要課題となっています。
フランス製造業のデータが示す実態
経済政策研究センター(CEPR)が発表したレポートでは、フランスの製造業における企業レベルの輸出入データと財務データを組み合わせ、サプライチェーン寸断の影響と、それに対する企業の対策の効果を定量的に分析しています。この分析の興味深い点は、供給ショックへの対抗策として伝統的に挙げられる「在庫の積み増し」と「調達先の多様化」という二つの戦略を、実際のデータに基づいて比較評価している点です。具体的には、ある特定の供給元からの輸入が途絶えた際に、企業の生産や輸出といったパフォーマンスがどの程度落ち込むのか、そして在庫水準や調達先の数がその落ち込みをどの程度緩和するのかを検証しています。
在庫戦略の有効性と限界
分析によれば、手元に多くの在庫を保有している企業は、短期的な供給ショックに対して一定の耐性を示すことが確認されました。在庫は、予期せぬ供給の遅延や停止が発生した際の緩衝材(バッファ)として機能し、生産ラインを止めずに操業を続けるための時間を稼ぐ効果があります。これは、日本の製造現場におけるBCP(事業継続計画)策定においても、重要な要素として認識されていることと一致します。
しかし、その効果は限定的であることも示唆されています。供給の途絶が長期化した場合や、代替の利かない特殊な部品・原材料であった場合、積み増した在庫はいずれ底をつきます。また、過剰な在庫は保管コストやキャッシュフローの悪化を招くため、効率性を重視してきた日本の製造業、特にジャストインタイム(JIT)の思想が浸透した現場にとっては、単純に在庫を増やし続けることには強い抵抗感があるのも事実です。在庫はあくまで短期的な応急処置であり、根本的な解決策ではないという側面を認識する必要があります。
調達先多様化の持つ、より本質的な効果
一方で、調達先の多様化は、より強固なレジリエンスをもたらす戦略であることがデータから示されました。特に、単一国への依存度が高い企業ほど、供給ショックによるマイナスの影響を大きく受けますが、複数の国から同じ部品を調達している企業は、一国からの供給が途絶えても、他の国からの調達を増やすことで影響を大幅に緩和できることが分かっています。これは、特定国の地政学リスクや災害、政策変更といった「カントリーリスク」そのものを分散させる効果があるためです。単一のサプライヤーに依存するリスクはもちろんのこと、単一国にサプライヤーが集中しているリスクも同様に大きいと言えます。
もちろん、調達先の多様化は容易ではありません。新規サプライヤーの探索、品質評価、価格交渉、契約には多大な時間とコストを要します。特に、高い品質基準を求める日本の製造業においては、サプライヤー認定のプロセスは厳格であり、安易に取引先を増やすことは品質問題のリスクを高めることにも繋がりかねません。それでもなお、長期的な事業継続の観点から、戦略的に調達ポートフォリオを構築していくことの重要性が、この分析結果から強く示唆されています。
日本の製造業への示唆
今回のフランスの事例分析は、日本の製造業にとっても多くの実務的な示唆を与えてくれます。サプライチェーンの脆弱性という問題は、もはや避けて通れない経営課題です。これまでの効率一辺倒の考え方から、レジリエンスを重視したサプライチェーンの再構築へと、舵を切る必要性に迫られています。
要点整理:
- 在庫の効果は短期的・限定的: 在庫は予期せぬ供給ショックに対する時間稼ぎとしては有効ですが、根本的な解決策にはなり得ません。BCPの一環として戦略的な在庫水準を定めることは重要ですが、それだけに依存するのは危険です。
- 多様化はより根本的な対策: 特定の国や企業への依存を減らし、調達先を地理的に分散させることは、長期的な供給安定性の確保に極めて有効です。カントリーリスクそのものを低減するアプローチと言えます。
- 最適な戦略は状況による: すべての品目で多様化を進めるのは現実的ではありません。汎用品であれば在庫で対応し、生産のボトルネックとなる重要部品や特殊な原材料については、コストをかけてでも調達先の多様化・複数化を検討するなど、品目の特性に応じた戦略の使い分けが求められます。
実務への示唆:
まずは自社のサプライチェーンを精緻に「見える化」し、どの部品が、どの国の、どの企業に依存しているのか、ボトルネックはどこにあるのかを正確に把握することが第一歩となります。その上で、リスク評価を行い、対策の優先順位を決定すべきです。在庫水準の見直しは比較的短期で着手できる対策ですが、並行して、中長期的な視点でのサプライヤー網の再構築にも着手することが、真に強靭な生産体制を築く上で不可欠と言えるでしょう。

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