インドの経済専門家から、自由貿易協定(FTA)をテコにしてグローバルな製造サプライチェーンのハブを目指すという考えが示されました。この動きは、サプライチェーンの多角化を模索する日本の製造業にとって、重要な示唆を含んでいます。
FTAを重視するインドの製造業戦略
インドの著名な経済学者であり政策立案にも関与してきたアルヴィンド・ヴィルマニ氏が、同国の製造業の将来について見解を述べました。氏によれば、インドは現在、グローバルな製造サプライチェーンにおける主要拠点となる「絶好の機会」を迎えており、その実現の鍵を握るのが自由貿易協定(FTA)であると指摘しています。これは、特定の一国に製造拠点が集中するリスクが世界的に認識される中で、インドがその受け皿となるべく、国を挙げて環境整備を進めようとしていることの表れと言えるでしょう。
なぜFTAがサプライチェーン構築の鍵となるのか
FTAは、単に関税を引き下げるだけの取り決めではありません。加盟国間の貿易手続きを簡素化し、投資ルールを明確化し、知的財産権の保護を強化するなど、企業が国境を越えて事業活動を行う上での障壁を多角的に取り除く役割を果たします。これにより、企業は部品の調達から製品の組み立て、そして最終製品の輸出までの一連の流れを、より円滑かつ低コストで行うことが可能になります。インドがFTAの締結・活用に積極的な姿勢を見せているのは、こうしたメリットを通じて海外からの直接投資を呼び込み、国内に高度なサプライチェーン網を構築しようという明確な意図があるためです。
日本の製造業から見たインドの可能性と課題
「チャイナ・プラスワン」が叫ばれて久しいですが、多くの日本企業にとって、インドは常に有力な候補地の一つでした。巨大な国内市場、豊富な若年労働力といった魅力がある一方で、複雑な税制や未整備なインフラ、品質管理の難しさなどが進出のハードルとなっていたことも事実です。今回のインド政府の動きは、FTAという枠組みを通じて、こうした事業環境の予見可能性を高め、海外企業がより安心して投資できる環境を整えようとするものです。すでに日本とインドの間には包括的経済連携協定(CEPA)が存在しますが、インドがさらに多くの国・地域とFTA網を広げることで、インドをハブとしたより広範なサプライチェーンの構築が現実味を帯びてきます。ただし、協定といったマクロな枠組みの整備と、工場を運営する上でのミクロな現場レベルの課題解決は別の問題です。進出を検討する際は、法制度やインフラの改善状況を注視しつつ、現地の労働文化や商習慣を深く理解し、品質や生産性をいかにして担保するかという、ものづくりの本質的な課題への備えが不可欠となります。
日本の製造業への示唆
今回のインドの動向から、日本の製造業関係者が実務レベルで考慮すべき点を以下に整理します。
1. サプライチェーンの再評価と選択肢の具体化:
地政学リスクの高まりを受け、既存のサプライチェーンの脆弱性を改めて評価することが急務です。その上で、インドを単なる候補地の一つとしてではなく、FTA網のハブとなりうる拠点として、より具体的にその可能性とリスクを検討する価値があります。
2. FTAの戦略的活用:
日印CEPAをはじめとする既存のFTAについて、関税メリットだけでなく、原産地規則や通関手続きの簡素化といった実務的な利点を再確認し、自社の事業にどう活かせるかを具体的にシミュレーションすることが重要です。インドが新たに締結するFTAも注視し、部品調達網や販売網の最適化に繋げられないか検討すべきでしょう。
3. 現地情報の精査とFS(実行可能性調査)の深化:
FTAによるマクロ環境の改善と、実際の工場運営における課題は分けて考える必要があります。進出を検討する地域のインフラ(電力、水、物流網)の整備状況、人材の質と確保の難易度、州ごとの優遇策や規制など、より解像度の高い現地情報を収集し、綿密なFSを行うことが成功の鍵となります。
4. 長期的視点での人材育成と技術移転:
インドでの事業を成功させるには、日本式の品質管理や生産方式を現地に根付かせることが不可欠です。短期的なコストメリットだけでなく、現地の管理職や技術者をいかに育成し、技術を移転していくかという長期的な視点に立った計画が、持続的な競争力の源泉となります。


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