2026年に予定されているUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の見直しを前に、北米の自動車業界で緊張が高まっています。特に、トランプ前大統領が再選した場合の保護主義的な通商政策への回帰が懸念されており、グローバルなサプライチェーンに大きな影響を及ぼす可能性があります。
USMCA原産地規則の見直しに向けた自動車業界の懸念
NAFTA(北米自由貿易協定)に代わり2020年に発効したUSMCAは、特に自動車分野において、より厳格な原産地規則を導入しました。関税ゼロの恩恵を受けるためには、例えば乗用車の場合、部品の75%以上を域内で調達する必要がある(RVC: Regional Value Content、域内原産価値割合)と定められています。この協定は2026年に見直しの時期を迎え、米国、メキシコ、カナダの3カ国が協定の延長に合意しなければ、10年後に失効する可能性がある、いわゆる「サンセット条項」が盛り込まれています。
フォルクスワーゲン(VW)をはじめとする自動車メーカーは、この見直しを前に、現行の規則がすでに非常に厳しく、特にEV(電気自動車)への移行期においては達成が困難であるとして、規則のさらなる厳格化に反対の声を上げています。サプライチェーンの再構築には長い時間と巨額の投資が必要であり、安定した事業環境を求めているのが実情です。
トランプ前大統領の保護主義的な通商政策という不確定要素
こうした状況に不確実性をもたらしているのが、トランプ前大統領の動向です。NAFTAを「史上最悪の貿易協定」と批判し、USMCAの成立を主導したトランプ氏は、大統領に返り咲いた場合、2026年の見直しを機に、さらなる保護主義的な措置を講じる可能性が指摘されています。具体的には、原産地規則の一層の引き上げや、全ての輸入品に一律10%の関税を課すといった公約がそれに当たります。
VWの北米担当幹部は、こうした一律関税案がWTO(世界貿易機関)のルールに違反する可能性を指摘し、自由貿易の原則が損なわれることへの強い懸念を表明しています。このような政策が現実となれば、北米で生産・販売を行う自動車メーカーのコスト構造は一変し、その影響はサプライヤーである部品メーカーにも直接及ぶことになります。
EVシフトがもたらすサプライチェーンの複雑化
USMCAの原産地規則が特に厳しい課題となるのが、EVのサプライチェーンです。バッテリー、モーター、半導体といった主要部品は、アジアをはじめとする特定地域への依存度が高く、そのサプライチェーンはグローバルに張り巡らされています。特に、バッテリーの正極材などに使われる重要鉱物は、採掘から精錬、加工までの工程が北米域外で行われることが多く、現行の原産地規則を満たすことさえ容易ではありません。
この課題は、米国のインフレ抑制法(IRA)におけるEV税額控除の要件とも密接に関連します。北米での最終組立や、バッテリー部品・重要鉱物の調達先に関する厳しい要件をクリアする必要があり、自動車メーカーと部品メーカーは、二重の制約の中でサプライチェーンの再構築を迫られているのです。日系の部品メーカーにおいても、納入先である完成車メーカーから、原産地証明に関するより詳細な情報提供や、域内調達比率の向上を求められる圧力が高まることが予想されます。
日本の製造業への示唆
今回の米自動車業界の動向は、我々日本の製造業、特に北米に拠点を持つ企業や同地域へ輸出を行う企業にとって、決して対岸の火事ではありません。まず、米国大統領選挙の結果が、通商政策、ひいては自社のサプライチェーン戦略に直接的な影響を及ぼす地政学リスクとして認識する必要があります。特にトランプ氏が政権に復帰した場合のシナリオを複数想定し、関税引き上げや原産地規則の厳格化が自社の損益に与える影響を試算しておくことが不可欠です。
その上で、サプライチェーンの再評価と強靭化が急務となります。USMCAやIRAといった現行の規則を改めて精査し、自社製品の原産地証明プロセスに脆弱性がないかを確認するとともに、特定地域に依存した調達構造を見直し、供給元の多角化や生産拠点の再配置を検討すべきでしょう。不確実性が高まる時代においては、コスト効率だけでなく、安定供給と規則遵守を両立できるサプライチェーンを構築することが、企業の競争力を左右する重要な経営課題となります。


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