米農務省農業研究サービス(ARS)が、肥育牛への抗生物質の使用を大幅に削減する手法を特定したと報告しました。この一見、製造業とは異なる分野の取り組みは、実は日本の製造現場における予防保全や品質管理、DX推進を考える上で、非常に示唆に富むものです。
概要:データに基づき「必要な個体」にのみ介入する
米国の畜産専門誌が報じたところによると、米農務省農業研究サービス(ARS)の研究者たちは、フィードロット(大規模肥育場)で飼育される牛の健康管理において、抗生物質の使用を削減する新たな方法を特定しました。従来、病気の発生や蔓延を防ぐために、群れ全体に予防的に抗生物質が投与されることがありました。しかし、今回の研究では、個々の牛の体温や行動データをセンサーで監視し、病気の初期兆候を示す個体のみを的確に特定して治療するというアプローチが示されています。
この手法により、健康な牛への不要な投薬を避け、抗生物質の使用量を全体として大幅に削減できると期待されています。これは、薬剤コストの削減に直結するだけでなく、世界的な課題となっている薬剤耐性(AMR)菌の発生リスクを低減させる上でも極めて重要な取り組みと言えるでしょう。
製造業における「予知保全」との共通点
この畜産業におけるアプローチは、日本の製造業で近年重要性が増している「予知保全(Predictive Maintenance)」の考え方と本質的に同じです。工場の生産設備に振動センサーや温度センサーを取り付け、稼働データを常時監視することで、故障の兆候を早期に検知し、大きなトラブルが発生する前に部品交換やメンテナンスを行う取り組みがそれに当たります。
牛の体温や活動量が「設備の稼働データ」であり、病気の兆候が「故障の予兆」に相当します。そして、獣医師による診断と治療が「保全部門によるメンテナンス」です。定期的な一斉メンテナンス(時間基準保全)や、故障してから対応する事後保全から脱却し、データに基づいて最適なタイミングで、必要な箇所にのみ介入する。これにより、設備のダウンタイムを最小化し、メンテナンスコストを最適化するという目的は、両者で完全に共通しています。
「個体管理」がもたらす品質の作り込みとトレーサビリティ
群れ全体を一つの単位として管理するのではなく、一頭一頭をデータで管理する「個体管理」の思想も、製造業にとって大きなヒントとなります。これは、製造工程における「品質の作り込み」の考え方に通じます。
完成後の抜き取り検査や全数検査で不良品を発見するのではなく、工程内の様々なパラメータ(温度、圧力、速度など)をセンサーで監視し、異常があればその場でアラートを出し、即座に修正する。これにより、そもそも不良品を「作らない」体制を目指すのが品質の作り込みです。個々の牛の状態を監視することは、個々の製品が規格通りに製造されているかをリアルタイムで確認するようなものであり、最終的な品質(健康な牛、高品質な製品)を高いレベルで安定させることに繋がります。
また、どの個体に、いつ、どのような理由で、何の処置(投薬)を行ったかという記録がデータとして残ることは、トレーサビリティの観点からも重要です。万が一問題が発生した際に、その原因を正確に追跡し、的確な対策を講じるための基盤となります。
日本の製造業への示唆
今回の米国の畜産業における取り組みは、分野は違えど、日本の製造業が直面する課題解決のヒントを数多く含んでいます。以下に要点を整理します。
1. データに基づく予防的アプローチの徹底
熟練者の勘や経験に頼った管理には限界があります。客観的なデータを継続的に取得・分析し、問題の「兆候」を捉えて先手を打つ文化を、設備保全だけでなく、品質管理や生産管理など、あらゆる業務に展開することが重要です。IoTセンサーやデータ分析ツールの導入は、そのための有効な手段となります。
2. 「全体最適」から「個体・ロット最適」への視点
すべての製品や設備に一律の基準を適用するのではなく、個々の状態や特性に応じた最適な管理を目指すことが、効率と品質を両立させる鍵となります。これは、多品種少量生産やマスカスタマイゼーションが求められる現代の市場環境において、特に重要な考え方と言えるでしょう。
3. 異業種の事例から学ぶ柔軟な発想
スマート農業や精密家畜農業といった分野の先進事例は、製造業の常識を打ち破るヒントの宝庫です。自社の業界の慣例にとらわれず、他分野でどのようなデータ活用や効率化が進んでいるかにアンテナを張ることで、新たな改善の切り口が見つかる可能性があります。


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