タイ・カンボジア国境で発生している紛争が、世界の製造業サプライチェーンに波及効果をもたらし始めています。特に、世界のHDD(ハードディスクドライブ)生産の集積地であるタイへの影響は大きく、我々日本の製造業にとっても他人事ではない教訓を含んでいます。
背景:地政学リスクの顕在化
タイとカンボジアの国境地域で発生した紛争は、単なる二国間の問題に留まらず、グローバルなサプライチェーンに深刻な影響を及ぼす可能性を浮き彫りにしました。生産拠点の海外移転、特に東南アジアへの展開を進めてきた多くの企業にとって、自然災害だけでなく、こうした地政学的な緊張が事業継続を脅かす現実的なリスクであることを改めて認識させられる事態と言えるでしょう。
HDD生産集積地への直接的影響
ご存知の通り、タイは世界のHDD生産において中心的な役割を担っています。Western Digital、Seagate、日立(現・日立ヴァンタラ)、そして東芝といった主要メーカーが、基幹となる製造工場を同国に置いています。今回の紛争は、国境付近の物流網の寸断や、従業員の安全確保のための操業停止など、生産活動へ直接的な打撃を与える懸念を生んでいます。
2011年のタイ大洪水の際には、HDD工場が大規模に被災し、世界的な供給不足と価格高騰を引き起こしたことは記憶に新しいところです。当時、多くの企業がBCP(事業継続計画)の見直しを迫られましたが、今回の事態は、リスクシナリオとして自然災害だけでなく、政治・軍事的な紛争も考慮に入れる必要性を強く示唆しています。
サプライチェーン全体への波及効果
HDDの供給が滞れば、その影響はPCやサーバー、データセンター関連機器といった最終製品のメーカーにまで及びます。特定の部品の供給が一つ途絶えるだけで、生産ライン全体が停止に追い込まれることは、我々製造業に携わる者であれば誰もが経験するところです。特に「チャイナ・プラスワン」の有力な候補地としてタイへの生産集中を進めてきた企業にとっては、その脆弱性が露呈した形となりました。
今回の問題は、部品供給という直接的な影響に限りません。紛争地域の不安定化は、周辺地域全体の物流コストの上昇やリードタイムの長期化を招き、サプライチェーン全体の効率性を損なうことにも繋がります。これは、ジャストインタイムを前提とした生産体制を構築している日本の製造現場にとっては、特に大きな課題となり得ます。
日本の製造業への示唆
今回のタイ・カンボジア国境紛争から、我々日本の製造業が学ぶべき点は多岐にわたります。以下に、実務的な観点からの要点と示唆を整理します。
サプライチェーンの多層的な可視化
自社の一次取引先(Tier1)だけでなく、その先の二次、三次取引先(Tier2, Tier3)がどの国・地域に立地しているのかを正確に把握することが、リスク管理の第一歩です。特定の地域に重要部品のサプライヤーが集中していないか、改めてマップを広げて確認する必要があります。
生産・調達拠点の複線化
効率性を追求するあまり、特定の国やサプライヤーに依存しすぎていないでしょうか。コストとのバランスは重要ですが、リスク分散の観点から、代替生産拠点や代替調達先の確保(デュアルソーシング等)を平時から検討し、準備しておくことの重要性が増しています。
BCPシナリオの再検討
従来のBCPが、地震や洪水といった自然災害を中心に策定されている場合、今回の事例を機に、紛争、政情不安、大規模な労働争議といった地政学・社会的なリスクをシナリオに加え、より実効性の高い計画へと見直すことが求められます。
現地情報の収集と分析体制の強化
リスクの兆候を早期に掴むためには、現地法人や業界団体、専門機関からのリアルタイムな情報収集が不可欠です。得られた情報を基に、サプライチェーンへの影響を迅速に分析し、経営層が的確な判断を下せる体制を構築しておくことが、有事の際の対応速度を左右します。


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