米国で、国防サプライチェーンから特定国製の積層造形(AM)装置を排除する動きが本格化しました。この規制は、単なる貿易問題ではなく、製造業における経済安全保障とサイバーセキュリティの重要性が高まっていることを示しています。本稿では、この規制の概要と、日本の製造業が留意すべき点について解説します。
米国防総省、特定国製のAM装置の調達を禁止
米国の国防授権法(NDAA)に盛り込まれた新たな規定(第849条)により、国防総省(DoD)による積層造形(AM)システムの調達が厳しく制限されることになりました。具体的には、中国、ロシア、イラン、北朝鮮で製造された、あるいはこれらの国の政府が所有・支配する企業が製造したAMシステムを、国防総省が調達することが禁止されます。この動きの背景には、米国の国防サプライチェーンのセキュリティを強化し、潜在的なサイバー攻撃や知的財産の窃取といったリスクから保護する狙いがあります。
規制対象はハードウェアとソフトウェアが統合された「システム」
注目すべきは、規制対象が「対象となる積層造形機(covered additive manufacturing machine)」と定義され、それが「ハードウェアとソフトウェアが統合されたシステム」とされている点です。これは、単に3Dプリンタ本体だけでなく、それを制御するソフトウェア、ネットワーク接続、データ処理に関わる部分まで含めて一体のものとして捉えていることを意味します。今日の製造現場では、多くの装置がネットワークに接続され、遠隔での監視や操作、データのやり取りが行われています。こうしたスマート化された製造環境は、利便性や効率性を高める一方で、サイバーセキュリティ上の脆弱性を生む可能性も指摘されてきました。今回の米国の規制は、AM技術がもたらす革新性を認めつつも、そのシステム全体に潜むセキュリティリスクを国家安全保障の観点から深刻に受け止めていることの表れと言えるでしょう。
背景にある経済安全保障という大きな潮流
このAM装置に関する規制は、単独の事象ではなく、半導体や通信機器、重要鉱物などで見られる米国の経済安全保障政策の大きな流れの中に位置づけられます。先端的な製造技術や、それを支える装置・ソフトウェアが、もはや一企業の製品というだけでなく、国家の競争力や安全保障に直結する戦略的資産であるという認識が世界的に強まっています。AM技術は、複雑な形状の部品をオンデマンドで製造できることから、防衛・航空宇宙分野での活用が進んでおり、サプライチェーンを根本から変える可能性を秘めています。だからこそ、その中核をなす装置や技術が、潜在的な敵対国や懸念国に依存する状況を避けたいという意図が働いているものと考えられます。我々、日本の製造業においても、自社の技術やサプライチェーンが、こうした国際的な経済安全保障の力学と無関係ではないことを認識しておく必要があります。
日本の製造業への示唆
今回の米国の動きは、日本の製造業、特にAM技術の活用を進める企業や、グローバルなサプライチェーンに関わる企業にとって、いくつかの重要な示唆を与えています。
1. サプライチェーンにおける「原産国リスク」の確認
特に米国の防衛関連事業に直接・間接的に関わる企業は、自社およびサプライヤーが使用しているAM装置の原産国や製造元の資本関係を早急に確認する必要があります。意図せず規制対象の装置を使用していた場合、取引停止などの深刻な影響を受ける可能性があります。
2. 製造装置選定における新たな評価軸
これまで製造装置の選定は、コスト、性能、保守性といった観点が主でした。しかし今後は、AM装置に限らず、ネットワークに接続される全てのスマート設備において、「経済安全保障リスク」や「サイバーセキュリティリスク」という評価軸を加えて検討することが不可欠になるでしょう。
3. 設計データ・製造データの管理徹底
AMで扱う機密性の高い設計データ(CAD/CAMデータ)の管理体制を、今一度見直す必要があります。データの保管場所、アクセス制御、暗号化された通信経路の確保など、情報セキュリティ対策のレベルを一段と引き上げることが求められます。
4. 国産技術・内製化の再評価
サプライチェーンの強靭化とセキュリティ確保という観点から、信頼できる国産の装置やソフトウェアの価値が相対的に高まる可能性があります。また、重要な部品や技術については、リスク分散のために内製化を検討することも、今後の重要な経営戦略の一つとなり得ます。


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