ドイツの化学大手バイエルと米国の穀物メジャーADMがインドで展開する農業支援プログラムは、単なる社会貢献活動に留まりません。サプライチェーンの上流から下流までが連携し、生産者の育成と事業成長を両立させるこのモデルは、日本の製造業にも多くの示唆を与えます。
概要:インドの小規模農家を支援する協業プログラム
ドイツの製薬・化学大手バイエルと、米国の穀物メジャーADMは、インドのマハラシュトラ州で共同展開する小規模農家支援プログラムを3年間延長することを発表しました。このプログラムは、現地のトウモロコシ農家を対象に、持続可能な農法を普及させ、生産性と収入を向上させることを目的としています。今回の更新により、対象農家は10万人、対象面積は20万ヘクタールへと、それぞれ大幅に拡大される計画です。
具体的な取り組み:生産技術の提供と市場アクセスの保証
このプログラムの特長は、サプライチェーンにおける異なる役割を持つ2社が、それぞれの強みを活かして農家を包括的に支援している点にあります。バイエルは、種子や作物保護製品といった農業資材の提供に加え、各農家の状況に合わせた栽培管理に関する技術的な助言を行います。いわば、生産現場における品質と生産性の向上を直接的に支援する役割です。
一方、ADMは、生産されたトウモロコシを農家から買い取り、安定した販路を確保します。これにより、農家は「良いものを作っても売れない」というリスクから解放され、安心して生産に集中することができます。このように、生産技術の向上(川上)と市場へのアクセス(川中)が一体となって提供されることで、生産者(川下)の自立と成長を促す、非常に合理的な構造となっています。
日本の製造業における「サプライヤー育成」との共通点
このモデルは、日本の製造業が古くから実践してきた「サプライヤー育成」の考え方と通じるものがあります。かつて多くの日本企業は、部品を供給するサプライヤーに対し、単にコストや納期を要求するだけでなく、技術指導員を派遣して生産プロセスの改善を支援するなど、パートナーとして共に成長する関係を築いてきました。このような協力関係が、日本のものづくりの高い品質と競争力を支えてきたことは論を俟ちません。
バイエルとADMの事例は、こうした「共創」の考え方が、国や業界を超えて有効であることを示しています。サプライチェーン全体を一つの共同体と捉え、最も川下に位置する生産者の能力を引き出すことが、結果としてチェーン全体の強靭化と付加価値向上に繋がるという、普遍的な原則を再認識させられます。
事業と一体化したサステナビリティ活動
また、この取り組みは、企業の社会的責任(CSR)を事業戦略そのものに組み込んだ、CSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)の好例と言えるでしょう。農家の生産性が向上すれば、バイエルにとっては優良な顧客が増え、ADMにとっては高品質な原料を安定的に調達できるという、直接的な事業上のメリットが生まれます。社会的な課題(農家の貧困、非効率な農業)の解決が、企業の経済的な利益に直結しているのです。
昨今、ESG経営やSDGsへの貢献が企業に強く求められています。環境負荷の低減や人権への配慮といったサステナビリティへの取り組みを、単なるコストや義務として捉えるのではなく、自社のサプライチェーンを強化し、新たな事業機会を創出するための戦略的な投資と位置づける視点が、今後ますます重要になるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回のバイエルとADMの事例は、日本の製造業に携わる我々にとって、以下の点で示唆に富んでいます。
1. サプライヤーとの共創関係の再構築
グローバル化やコスト競争の激化の中で、ともすれば希薄になりがちなサプライヤーとの関係を見直し、技術支援や情報共有を通じて共に成長するパートナーシップを再構築することが、サプライチェーン全体の競争力向上に不可欠です。サプライヤーの現場の課題に深く関与し、解決策を共に模索する姿勢が求められます。
2. サステナビリティを事業戦略に組み込む
環境・社会課題への対応を、事業活動と切り離された「守り」の活動と捉えるのではなく、サプライチェーンの安定化や製品・サービスの付加価値向上に繋がる「攻め」の戦略として位置づけることが重要です。サプライヤーの労働環境改善や環境負荷低減を支援することは、リスク管理だけでなく、長期的な企業価値の向上に直結します。
3. 現場に根差した技術支援の価値
自社の製品や技術を最大限に活用してもらうためには、カタログスペックを提示するだけでは不十分です。顧客やサプライヤーの生産現場に足を運び、彼らが直面する具体的な課題を理解し、ハンズオンで解決を支援することの価値は計り知れません。こうした地道な活動こそが、信頼関係を醸成し、長期的な取引の礎となります。


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