かつて活況を呈した米国ロサンゼルスのアパレル製造業は今、パンデミック後の需要変動とコスト高騰という厳しい現実に直面しています。しかし、その苦境の中から、国内生産ならではの新たな価値を見出そうとする動きも生まれています。本稿では、LAの工場の現状を紐解きながら、日本の製造業が学ぶべき示唆を探ります。
パンデミック後の需要の揺り戻しとコスト構造の変化
パンデミック禍において、マスクや防護服の国内生産特需に沸いた米国の製造現場ですが、経済活動が正常化するにつれて、多くの大手アパレルブランドは再び安価な労働力を求めて生産拠点を海外へと移し始めました。その結果、ロサンゼルス(LA)の縫製工場などは、仕事の急減という厳しい現実に直面しています。
さらに、LA地区の最低賃金は時給16.78ドル(2023年時点)に達し、不動産コストも高騰を続けています。こうした状況は、海外の低コスト生産との価格競争を一層困難なものにしています。これは、人件費やエネルギーコストの上昇に直面する日本の製造業にとっても、決して他人事ではないでしょう。単純なコスト競争力だけでは、国内の生産拠点を維持することが難しい時代に入っていることを示唆しています。
それでも国内生産が選ばれる理由
一方で、すべてのアパレルブランドが海外に流出しているわけではありません。特に、新興の小規模ブランドの中には、あえてLAでの国内生産を選択するところも少なくありません。その背景には、国内生産ならではの明確な利点が存在します。
第一に、物理的な距離の近さがもたらすスピードと柔軟性です。デザイナーが直接工場に足を運び、サンプルを手に取って細かな修正指示を出したり、生産の進捗をその場で確認したりできます。これにより、試作から量産までのリードタイムを大幅に短縮でき、市場の細かな変化に迅速に対応することが可能になります。第二に、品質管理の容易さです。海外の工場とのやり取りで生じがちな、言語や文化の壁、時差といったコミュニケーションの障壁がなく、品質に対する要求を正確に伝え、維持することができます。
こうした「顔の見える関係」でのものづくりは、特に品質やブランドイメージを重視する企業にとって、コスト以上の価値を持つと言えます。日本の製造業が得意としてきた、顧客との密な連携による「すり合わせ」の価値が、改めて見直されていることの証左とも考えられます。
サステナビリティと「Made in USA」の付加価値
近年の消費者の意識変化も、国内生産を後押しする要因の一つです。製品が「どこで、どのように作られたか」を重視する傾向が強まる中、「Made in USA」という表示は、公正な労働環境の下で生産されたという倫理的な価値を持つようになりました。
記事で紹介されているEverybody.World社のように、リサイクルコットンを100%使用するなど、環境配慮を前面に打ち出す工場も現れています。サステナビリティ(持続可能性)やトレーサビリティ(生産履歴の追跡可能性)は、もはや単なるトレンドではなく、企業の競争力を左右する重要な要素となっています。サプライチェーン全体で環境負荷や人権への配慮を証明することが、ブランド価値の向上に直結するのです。
深刻化する労働力不足と技能承継の課題
しかし、LAのアパレル製造業は、需要やコスト以外の構造的な課題も抱えています。その最たるものが、熟練した縫製工の高齢化と、それに伴う後継者不足です。長年の経験によって培われた高度な技術が、次の世代に十分に引き継がれていないという現実は、生産基盤そのものを揺るがしかねません。
これは、日本の多くの中小製造業が直面している「技能承継」の問題と全く同じ構図です。どれだけ優れた設備や受注があっても、それを使いこなし、付加価値を生み出す「人」がいなければ、ものづくりは成り立ちません。将来にわたって国内生産を維持していくためには、計画的な人材育成と、熟練技能を形式知化し、伝承していく仕組みづくりが急務となります。
日本の製造業への示唆
今回取り上げたLAのアパレル製造業の事例は、グローバルな競争環境下に置かれた先進国のものづくりが直面する共通の課題と、そこからの活路を示唆しています。日本の製造業関係者にとって、以下の点が重要な視点となるでしょう。
1. コスト競争からの脱却と付加価値の再定義:
単純な価格競争の土俵から降り、短納期、高品質、多品種少量への柔軟な対応といった、国内生産ならではの付加価値を明確に打ち出す必要があります。顧客との緊密なコミュニケーションを通じて、潜在的なニーズを汲み取り、それを形にする「問題解決力」こそが競争力の源泉となります。
2. サステナビリティとトレーサビリティの追求:
環境配慮や倫理的な生産プロセスは、企業の社会的責任であると同時に、新たなビジネスチャンスにもなり得ます。自社の取り組みを可視化し、製品の付加価値として顧客や社会に訴求していく戦略が求められます。
3. 技能承継と人材育成への戦略的投資:
熟練技能の喪失は、一朝一夕には取り戻せない深刻な経営リスクです。OJT(現場教育)だけに頼るのではなく、デジタル技術を活用した技能の記録・分析や、若手人材が魅力を感じるような体系的な育成プログラムへの投資を、経営の重要課題として位置づける必要があります。
海外とのコスト差という現実は依然として大きいものの、それを乗り越えるだけの価値を国内生産に見出す動きは確かに存在します。自社の強みを再認識し、時代の要請に応えながら、いかに付加価値の高いものづくりを追求していくか。その問いに対するヒントが、LAの工場の奮闘の中に見出せるのではないでしょうか。


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