生産計画の策定は、多くの製造現場が抱える複雑な課題です。完全な自動化が難しいこの領域において、コンピュータの計算能力と人間の知見を融合させる「人間とコンピュータの協調システム」というアプローチが、改めて注目されています。
生産スケジューリングの普遍的な課題
製造業の現場において、日々の生産スケジュールを策定する業務は、工場の生産性を左右する極めて重要な役割を担っています。しかし、顧客からの急な納期変更、設備の予期せぬ故障、材料の納入遅れ、作業者の欠勤など、考慮すべき変動要因は無数に存在します。これらの複雑な制約条件をすべて満たしながら、リソースを最大限に活用し、コストを最小化するような最適なスケジュールを立案することは、熟練の計画担当者にとっても至難の業です。
これまで、この領域は長年にわたり、現場を熟知した担当者の経験と勘に頼らざるを得ない部分が多くありました。しかし、属人化が進むことで、担当者の不在が業務の停滞に直結したり、その高度なノウハウの継承が困難になったりするという課題も顕在化しています。
コンピュータによる自動化の限界と新たな可能性
こうした課題を解決するため、多くの企業で生産スケジューラ(APS:Advanced Planning and Scheduling)をはじめとするITツールの導入が進められてきました。コンピュータは、膨大な組み合わせの中から、数理最適化などの手法を用いて理論上の最適解やそれに近い計画を高速に導き出すことができます。これは大きな進歩である一方、現場の実態との乖離という新たな問題も生んでいます。
例えば、「この機械は特定の加工を連続して行うと精度が落ちやすい」「この作業チームは段取り替えが非常に速い」といった、数値化しにくい暗黙知や現場の機微を、すべて事前にシステムへ正確にモデル化することは困難です。その結果、システムが算出した「最適」なスケジュールが、現場の感覚からすると非現実的であったり、かえって効率を落としたりするケースも少なくありません。結局、担当者がシステムから出力された計画を元に、手作業で大幅な修正を加えるという運用になっている工場も多いのではないでしょうか。
「協調システム」という考え方
今回取り上げる研究の主題である「人間とコンピュータの協調システム(Human-Computer Cooperative System)」は、このような「完全自動化の壁」に対する一つの有効な答えを示唆しています。これは、コンピュータに全ての判断を委ねるのではなく、それぞれの長所を活かして協力し合うという考え方です。
具体的には、まずコンピュータが膨大な制約条件を考慮してスケジュールの「草案」を高速に作成します。次に、計画担当者が「スケジューリングエディタ」のような対話的な画面上でその結果を視覚的に確認し、自らの経験や現場知識に基づいて、直感的に計画を修正・調整します。すると、コンピュータはその修正が他の工程や全体の納期、コストにどのような影響を与えるかを即座に再計算し、フィードバックします。このような「人間による試行錯誤」と「コンピュータによる高速な影響計算」の対話を繰り返すことで、計算上の最適性と現場の実現可能性を両立させた、より質の高いスケジュールを効率的に作成することを目指します。
熟練者のノウハウを活かすためのIT活用
このアプローチは、熟練者の知見を企業の強みとしてきた日本の製造業にとって、非常に親和性が高いと言えるでしょう。ITを、人の仕事を奪う「代替物」としてではなく、熟練者の判断を助け、その能力をさらに高めるための「強力な道具」として位置づけるからです。ベテランの持つ暗黙知をシステムが完全に置き換えることは困難ですが、彼らの判断を支援し、その結果をデータとして蓄積していくことで、技能伝承や若手育成の一助となる可能性も秘めています。
日本の製造業への示唆
本稿で解説した「人間とコンピュータの協調」という考え方は、日本の製造業がDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する上で、以下の実務的な示唆を与えてくれます。
1. 「万能な自動化」からの発想転換: 特に生産計画のような複雑で変化の多い業務では、100%の自動化を目指すのではなく、ITを「人間の能力を拡張するツール」と捉え直す視点が重要です。現場の知恵とITの計算能力をいかに融合させるかを考えることが、現実的な解となります。
2. 現場の知見の価値を再認識する: 現場の熟練者が持つ暗黙知や状況判断能力は、企業の競争力の源泉です。システム導入の際には、これらの知見をいかに反映させ、活用できる設計になっているかを重視すべきです。
3. 対話的なインターフェースの重要性: スケジューラ等のツール選定においては、計算ロジックの優劣だけでなく、計画担当者が「もしこうしたら、どうなるか」を直感的に試行錯誤できる、視覚的で対話的なインターフェースを備えているかどうかが、実運用における成否を分ける鍵となります。
4. 段階的な導入による現場との融和: まずはコンピュータに基本的な計画を立案させ、最終的な調整は人間が行うという協調モデルから始めることで、現場の心理的な抵抗を和らげつつ、スムーズにデジタルツールの活用を浸透させていくことができると考えられます。


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