Nature誌論文に学ぶ、パンデミックが暴いた都市集中型サプライチェーンの脆弱性

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科学誌Nature Scientific Reportsに掲載された論文は、COVID-19パンデミックがいかに都市のサプライチェーンを麻痺させたかを分析しています。本稿では、この研究結果をもとに、日本の製造業が自社のサプライチェーンのあり方を再考する上での重要な視点を解説します。

はじめに:パンデミックが突きつけたサプライチェーンへの問い

COVID-19の世界的流行は、グローバルに張り巡らされたサプライチェーンが、いかに効率的であると同時に脆弱な基盤の上に成り立っていたかを、我々製造業に突きつけました。特定の地域でのロックダウンが、遠く離れた工場の生産ラインを停止させるという事態は、多くの企業が経験したことでしょう。この問題に対し、イタリアの事例研究を通じて、都市機能とサプライチェーンの混乱の関係を分析した興味深い論文が、科学誌Nature Scientific Reportsに掲載されました。

論文の概要:都市の「不適応(Maladaptation)」とは何か

この論文では、パンデミックのような大規模な混乱時において、都市が示す「不適応(Maladaptation)」という現象に焦点を当てています。これは、平時においては物流や情報のハブとして機能し、サプライチェーンの効率化に貢献する大都市が、有事の際には逆に混乱の震源地となり、システム全体の機能を著しく低下させてしまう現象を指します。

研究チームは、COVID-19第一波におけるイタリアの食品輸送ネットワークをモデル化しました。その結果、移動制限といった措置が、物流のハブであったミラノのような大都市の機能を直撃し、そこを起点としてサプライチェーン全体に深刻な供給不足が連鎖的に広がっていったことをシミュレーションで明らかにしました。これは、効率性を追求した「ハブ・アンド・スポーク」型の集中型ネットワークが、ハブ機能の停止に対して極めて脆弱であることをデータで裏付けたものと言えます。

集中型サプライチェーンの功罪と日本の現状

この指摘は、食品業界に限った話ではありません。日本の製造業もまた、長年にわたりコスト効率を追求し、特定の地域や国に生産拠点や物流センターを集中させることで、規模の経済を享受してきました。特定の工業団地に部品メーカーが集積したり、海外の特定の一カ国に生産を大きく依存したりする構造は、平時においてはリードタイムの短縮や在庫圧縮に大きく貢献します。

しかし、今回の論文が示すように、その「ハブ」が自然災害、パンデミック、あるいは地政学的リスクによって機能不全に陥った場合、その影響はサプライチェーン全体に及び、事業継続そのものを脅かします。我々は効率性を追求するあまり、知らず知らずのうちに特定拠点への依存度を高め、リスクを集中させていたのかもしれません。これは、東日本大震災や熊本地震の際に、特定の部品メーカーの被災が国内の自動車産業全体の生産に影響を与えた事例を思い起こさせます。

レジリエンス(強靭性)向上のための視点

では、こうした脆弱性を克服し、より強靭な(レジリエントな)サプライチェーンを構築するにはどうすればよいのでしょうか。論文の示唆は、私たちにいくつかの重要な視点を与えてくれます。

第一に、「分散化と冗長性」の確保です。単一の生産拠点や調達先に依存するのではなく、地理的に離れた場所に代替拠点を確保したり、複数のサプライヤーから調達できる体制を構築したりすることが不可欠です。これは短期的なコスト増につながる可能性もありますが、長期的な事業継続のための保険と捉えるべきでしょう。

第二に、「サプライチェーンの可視化」です。自社のTier1サプライヤーだけでなく、その先のTier2、Tier3に至るまで、サプライチェーンの全体像を正確に把握することがリスク管理の第一歩です。どこにリスクが集中しているかを把握できていなければ、有効な対策は打てません。デジタルツールを活用し、ネットワークを可視化し、様々な混乱シナリオを想定したシミュレーションを行うことが有効です。

日本の製造業への示唆

今回の論文は、効率一辺倒のサプライチェーン設計に警鐘を鳴らし、レジリエンスの重要性を改めて浮き彫りにしました。この知見を、日本の製造業における実務に落とし込むための要点と示唆を以下に整理します。

要点:

  • 効率性を追求した都市集中型のサプライチェーンは、パンデミックのような大規模な混乱に対して本質的に脆弱である。
  • 物流や生産のハブは、平時の効率化に貢献する一方、有事には混乱の震源地となり、システム全体を麻痺させるリスクを内包している。
  • 今後のサプライチェーン戦略においては、コスト効率性だけでなく、レジリエンス(強靭性・回復力)を重要な評価軸として組み込む必要がある。

実務への示唆:

  • 経営層:BCP(事業継続計画)を再評価し、サプライチェーンにおける地理的な集中リスクを定量的に分析すべきです。レジリエンス強化のための投資(例:拠点の分散化、代替サプライヤーの確保)を、コストではなく事業継続のための戦略的投資として位置づける経営判断が求められます。
  • 工場長・生産管理部門:自工場の重要部品について、調達先の地理的偏在を再確認することが急務です。特に、単一のサプライヤーや特定の地域に依存している場合は、代替調達先のリストアップや認定プロセスの検討、安全在庫水準の見直しといった具体的な対策に着手すべきです。
  • 調達・サプライチェーン管理部門:サプライチェーンの可視化ツールの導入を検討し、Tier2以降のサプライヤー情報も含めたネットワーク全体の把握に努めるべきです。また、主要サプライヤーとは平時からリスク情報を共有し、共同でBCPを策定するような、より深いパートナーシップを構築することが重要になります。

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