一見、製造業とは縁遠い演劇の世界。しかし、その舞台製作の現場には、複雑なプロジェクトを成功に導くための生産管理や部門間連携の優れた知見が凝縮されています。今回は、舞台製作における「テクニカルディレクター」という役割から、日本の製造業が学ぶべきコミュニケーションのあり方について考察します。
舞台製作の要、「テクニカルディレクター」とは
海外の演劇業界における「アソシエイト・テクニカルディレクター」の求人情報には、「舞台運営、製作部門、プロダクションマネジメント、その他関係者間での一貫したコミュニケーションを確保する」という職務が記されています。これは、舞台装置のデザインを現実の形にし、安全かつ円滑に舞台上で機能させるため、技術的な側面からプロジェクト全体を俯瞰し、管理する重要な役割です。
この役割を日本の製造業に置き換えるならば、さながら生産技術部門のリーダーや、新製品立ち上げのプロジェクトマネージャーに相当すると言えるでしょう。設計部門の意図を汲み取り、製造現場で実現可能な方法を検討し、品質管理や購買、そして経営層とも密に連携を取りながら、製品を世に送り出すまでの全工程を技術的に支える、まさにハブとなる存在です。
部門間に横たわる「壁」とコミュニケーションの重要性
舞台製作の現場では、デザイナー(設計)、大道具・小道具の製作担当(製造)、舞台監督(現場リーダー)、プロダクションマネージャー(生産管理)など、多岐にわたる専門家が関わります。それぞれの立場や専門性が異なるため、意図の食い違いや情報伝達の漏れは、致命的な手戻りやスケジュールの遅延、さらには安全上の問題に直結します。だからこそ、「一貫したコミュニケーション」が何よりも重視されるのです。
これは、我々製造業の現場でも日常的に直面する課題です。設計部門は理想の機能を追求し、製造部門は作りやすさとコストを重視し、品質管理部門は厳格な基準を求めます。各部門がそれぞれの正義を追求するあまり、部門間の対立や連携不足が生じ、結果としてリードタイムの増大や品質問題、機会損失を招くケースは少なくありません。テクニカルディレクターのように、各部門の言語を翻訳し、技術的な観点から最適な着地点を見出す調整役が、組織には不可欠です。
単なる伝達役ではない、能動的なハブ機能
重要なのは、このテクニカルディレクターが単なる情報の伝達役ではないという点です。彼らは、各部門から上がってくる情報を受け身で流すのではなく、技術的な知見に基づいて課題を予見し、代替案を提示し、関係者を巻き込みながら意思決定を促す、能動的な「ハブ」として機能します。
例えば、設計図を見て製作上の課題を即座に抽出し、デザイナーに設計変更を提案する。あるいは、現場での設置方法を考慮し、製作部門に分割方法や材質の変更を指示する。このように、プロジェクト全体を成功させるという一つの目的に向かって、専門性を武器に各部門を動かしていくのです。製造現場においても、このような機能を持つ人材や部署の存在が、企業の競争力を大きく左右すると言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の異業種の事例から、日本の製造業が改めて認識すべき要点は以下の通りです。
1. 部門横断的な「技術監督」役の重要性
設計から製造、品質保証まで、製品ライフサイクル全体を技術的に俯瞰できる人材や部門の役割を再評価し、強化することが求められます。特に、部門間の調整役を特定の個人のスキルに依存するのではなく、組織的な役割として明確に位置づけ、権限を与えることが重要です。
2. コミュニケーションの仕組み化
「一貫したコミュニケーション」は、精神論だけでは実現しません。定例会議の目的の明確化、設計変更時の情報伝達プロセスの標準化、PLM(Product Lifecycle Management)システムのような情報共有基盤の整備など、コミュニケーションを円滑にするための「仕組み」を構築することが不可欠です。
3. 異業種の知見から学ぶ姿勢
演劇やコンサート、イベント設営といった一見無関係に見える業界には、一品一様の製品を厳しい納期と予算の中で作り上げる、高度なプロジェクトマネジメントや生産管理のノウハウが蓄積されています。自社の常識や慣習にとらわれず、異業種の成功事例から謙虚に学ぶ姿勢が、新たな改善のヒントに繋がります。


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