バイオ後続品(バイオシミラー)の製造は、低分子のジェネリック医薬品とは比較にならないほどの複雑性を伴います。本記事では、なぜ単なる「模倣」では成功せず、製造プロセス全体を深く理解し制御する「熟達」が不可欠なのかを、製造業の実務者の視点から解説します。
バイオシミラーとは何か:ジェネリック医薬品との根本的な違い
まず、バイオシミラー(バイオ後続品)と、一般的なジェネリック医薬品(後発医薬品)との違いを理解することが重要です。ジェネリック医薬品は、アスピリンに代表されるような、化学合成によって製造される低分子医薬品の後発品です。その分子構造は比較的単純で、先行品と同一の有効成分を化学的に合成することで製造されます。
一方、バイオシミラーの先行品であるバイオ医薬品は、遺伝子組換え技術を用いて、生きた細胞(動物細胞など)に目的のタンパク質を産生させて製造されます。その分子構造は極めて大きく複雑です。そのため、バイオシミラーは先行品と全く同一の分子を製造するのではなく、「同等/同質」であることを品質、安全性、有効性の面から証明する必要があります。この「全く同一ではないが、同等/同質である」という点が、製造における大きなハードルとなります。
「プロセスが製品を定義する」という原則
バイオ医薬品の製造において、「The process is the product(プロセスが製品を定義する)」という言葉は、その本質を的確に表しています。生きた細胞を用いるため、培養時の温度、pH、溶存酸素、栄養源といったわずかな条件の違いが、最終的に産生されるタンパク質の品質(特に、医薬品の効果や安全性に影響する糖鎖構造など)に大きな影響を与えます。
つまり、最終製品の品質は、細胞株の樹立から培養、精製、製剤化に至るまでの一貫した製造プロセス全体によって規定されるのです。先行メーカーがどのようなプロセスで製造しているかは完全なブラックボックスであり、レシピを真似るような単純な「模倣」は不可能です。仮に最終製品の構造を完全に解析できたとしても、それを作り出すためのプロセスをゼロから構築し、安定稼働させるには、極めて高度な技術と知見が求められます。
求められるのは「模倣」ではなく「熟達」
バイオシミラーの開発・製造で求められるのは、先行品を表面上なぞる「模倣(Mimicry)」ではなく、生物学、化学、工学にまたがる深い知識と経験に裏打ちされた「熟達(Mastery)」です。
具体的には、まず先行品を徹底的に分析し、品質目標(ターゲット・プロファイル)を定めます。そして、その品質目標を達成するために、自社で細胞株を開発し、培養・精製プロセスを設計し、最適化していく必要があります。これは、いわば答え(最終製品)から逆算して、独自の製造方程式を解くようなアプローチです。プロセスの各パラメータが最終製品の品質にどう影響するかを深く理解し、変動を精密に制御する能力こそが競争力の源泉となります。
また、開発したバイオシミラーが先行品と「同等/同質」であることを規制当局に証明するためには、最先端の分析技術を駆使して、物理化学的特性から生物学的活性、免疫化学的特性に至るまで、膨大なデータを取得・評価する必要があることも、この分野の難易度を高めています。
日本の製造業への示唆
バイオシミラー製造の複雑性は、医薬品業界に限らず、日本の製造業全体にとって重要な示唆を含んでいます。特に、高付加価値な製品開発を目指すうえで、以下の点が参考になると考えられます。
- プロセス起因の品質作り込み:半導体や高機能材料、特殊化学品など、製造プロセスそのものが製品の機能や品質を決定づける分野は数多く存在します。このような領域では、レシピ通りの生産管理から一歩進み、プロセスの原理原則を深く理解し、品質を積極的に「作り込む」能力が差別化の鍵となります。
- 暗黙知の形式知化と技術伝承:バイオ医薬品製造における「熟達」は、個人の経験則だけでなく、科学的データに裏打ちされた体系的な知識(形式知)に基づいています。日本の製造現場が持つ優れた「すり合わせ技術」や職人的な技能を、データに基づいて科学的に解明し、組織の共有資産としていく取り組みが、今後ますます重要になるでしょう。
- 品質管理思想の進化:最終製品の検査で品質を保証するQC(Quality Control)的な考え方だけでは、複雑な製造プロセスには対応できません。開発段階から品質を設計に織り込むQbD(Quality by Design)や、プロセスをリアルタイムで監視・制御するPAT(Process Analytical Technology)といった考え方を、自社の製造プロセスに適用していくことが求められます。
- 部門横断的な連携の重要性:バイオシミラー開発が研究、生産、品質保証、分析といった多様な専門性の融合によって成り立つように、今後のものづくりでは、部門の壁を越えた密な連携が不可欠です。共通の目標(製品品質)に向け、それぞれの知見を持ち寄って全体最適を図る組織文化の醸成が競争力を左右します。


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