海外の製造業コミュニティで「大量生産における優れた生産管理システムで知られる業界はどこか?」という、シンプルかつ本質的な問いが投げかけられました。投稿者は「目にするのはセールストークばかりだ」と付け加えており、これは多くの現場が抱える違和感とも重なります。この問いを起点に、日本の製造業が自社の生産管理の現在地を見つめ直し、未来に向けて何を学ぶべきかを考察します。
海外のコミュニティから投げかけられた問い
先日、海外の製造業関係者が集うオンラインコミュニティで、ある問いが投稿されました。「大量生産における、優れた生産管理システムで知られている業界はどこでしょうか? 私が見聞きするのは、ほとんどがセールスの話ばかりです」。この短い文章は、多くの示唆を含んでいます。DXやスマートファクトリーといった言葉が先行する中で、ツールの導入やマーケティング的な言説ばかりが目立ち、生産管理の本質的な議論が不足しているのではないか、という問題提起と読み取れます。これは、日本の製造業に携わる我々にとっても決して他人事ではありません。
手本とされてきた『二大巨頭』:自動車とエレクトロニクス
この問いに対して、まず多くの人が思い浮かべるのは自動車産業、特にトヨタ生産方式(TPS)でしょう。かんばん方式によるジャスト・イン・タイム(JIT)や、「ニンベンのついた自働化」はあまりにも有名です。しかし、その本質は個別の手法にあるのではなく、「徹底的なムダの排除」という思想と、それを現場に根付かせる「カイゼン」の文化にあります。この哲学と実践の組み合わせこそが、長年にわたり世界中の製造業の手本とされてきた理由です。
もう一方の雄は、エレクトロニクス産業、特にEMS(電子機器受託製造サービス)に代表される業界です。製品ライフサイクルが極めて短く、グローバルなサプライチェーン上で多品種変量生産を高速で実現する彼らの生産管理は、自動車産業とは異なる文脈で高度に洗練されています。精緻な需要予測、部材調達、生産計画、そして厳格なトレーサビリティ管理は、変化の激しい市場に対応するための必須要件であり、学ぶべき点は非常に多いと言えます。
現代において参照すべき、多様な業界の生産管理
しかし、現代において我々が学ぶべき対象は、この二大巨頭に限りません。むしろ、自社の事業特性に合わせて、より多様な業界に目を向けるべきでしょう。
例えば、半導体産業は、極めて複雑なプロセスを管理する装置産業の代表格です。SPC(統計的プロセス管理)をはじめとする膨大なデータの活用による歩留まり改善や品質安定化の取り組みは、データドリブンな生産管理の最先端と言えます。
また、食品・医薬品産業では、安全性とコンプライアンスが事業の根幹を成します。HACCPやGMPといった規制要件を遵守するための、ロット単位での厳格なトレーサビリティや品質保証の仕組みは、顧客からの信頼が重要となるあらゆる製造業にとって参考になるはずです。
少し視点を変えれば、Amazonに代表されるEコマースの物流センターも示唆に富んでいます。彼らは製造業の工場とは異なりますが、膨大な数の個別オーダーを、驚異的なスピードと正確性で処理する物流管理システムを構築しています。工場内のマテリアルハンドリングや出荷プロセスの効率化において、応用できる考え方は少なくないでしょう。
『システム』とはITツールにあらず
ここで、冒頭の投稿にあった「セールスの話ばかり」という嘆きに立ち返る必要があります。多くの企業で、ERPやMESといったITツールの導入が「生産管理システムの構築」そのものであるかのように語られがちです。しかし、それは本質の一部でしかありません。
真の生産管理システムとは、生産哲学や理念を土台とし、業務プロセス、作業標準、人材育成、そして改善文化といった要素が有機的に連携した「仕組み」そのものを指します。ITツールは、この仕組みをより効率的に、より高度に機能させるための強力な手段ではありますが、それ自体が目的ではありません。日本の製造業が本来強みとしてきた「現場力」や「改善文化」という土壌があってこそ、デジタル技術という名の肥料が活きるのです。この順番を履き違えると、高価なシステムが現場で使われない「絵に描いた餅」になりかねません。
日本の製造業への示唆
今回の海外からの問いは、我々に自社の足元を見つめ直す良い機会を与えてくれます。以下に、本稿で考察した内容を実務への示唆として整理します。
【要点整理】
- 優れた生産管理は、自動車や電機といった特定の業界の専売特許ではありません。半導体、食品、物流など、自社の課題解決のヒントとなる実践は多様な業界に存在します。
- ITツールの導入そのものが目的化していないか、常に自問すべきです。ツールは、自社の生産哲学や現場の仕組みを強化するための「手段」であるという認識が不可欠です。
- 華やかな「セールストーク」に惑わされることなく、自社にとっての本質的な課題は何か、その解決のために本当に必要なものは何かを、現場主体で見極める姿勢が重要です。
【実務への示唆】
- 経営層・工場長の方へ:他業界の成功事例を学ぶ際は、導入されたツールだけでなく、その背景にある思想や組織文化にこそ目を向けるべきです。短期的な投資対効果だけでなく、長期的な組織能力の向上という視点から、生産管理のあり方を再設計することが求められます。
- 現場リーダー・技術者の方へ:日々の改善活動こそが、会社の生産管理システムの根幹を成しているという自負を持つことが大切です。同時に、新しいデジタルツールを「使わされる」のではなく、現場の課題を解決するために主体的に「使いこなす」という当事者意識が、これからの時代には不可欠となります。
最終的に目指すべきは、「どの業界が優れているか」という問いの答えを探すことではありません。自社の従業員一人ひとりが、「我々の生産管理システムとは何か」を自身の言葉で語れる状態を築くこと。それこそが、持続的な競争力の源泉となるのではないでしょうか。


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