世界最大級の技術見本市CESにおいて、主催団体トップから「関税をはじめとする貿易問題が、企業の製品イノベーションへの集中を妨げている」という懸念が示されました。この指摘は、グローバルなサプライチェーンの中で事業を行う日本の製造業にとっても、決して他人事ではありません。
貿易をめぐる不確実性が、経営の焦点を揺るがす
米国の消費者技術協会(CTA)のCEOであるゲイリー・シャピロ氏は、世界が注目するCESの場で、現在の貿易環境がエレクトロニクス業界や自動車業界に与える影響について警鐘を鳴らしました。同氏によれば、関税の導入や先行き不透明な通商政策は、多くの企業経営者や技術者の関心を、本来注力すべき製品開発や技術革新から逸らさせているとのことです。これは、経営資源が本来の目的とは異なる「問題対応」に振り向けられている実態を的確に捉えた指摘と言えるでしょう。
サプライチェーン再編という「守り」の経営への傾倒
シャピロ氏が指摘する問題の一つに、製造拠点の変更、すなわちサプライチェーンの再編が挙げられます。関税などの貿易障壁を回避するため、企業は生産拠点の移転や部品調達先の変更を余儀なくされています。もちろん、サプライチェーンの強靭化は事業継続の観点から重要です。しかし、こうした動きは、新たなリスクを生み出す一方で、本質的な競争力である製品やサービスの価値向上に直接結びつくものではありません。
私たち日本の製造業においても、米中貿易摩擦や地政学リスクの高まりを受け、調達網の見直しや生産拠点の複線化を進めてきた企業は少なくないはずです。しかし、その意思決定の裏側では、新製品開発や次世代の生産技術への投資に回すべきであった時間、人材、そして資金が、こうした「守り」の施策に費やされている現実があります。経営陣や管理者は、関税率の動向、各国の法規制、物流網の確保といった課題への対応に追われ、中長期的な技術戦略を練る時間が削がれているのではないでしょうか。
現場への負荷と見えざるコスト
経営レベルでのサプライチェーン再編は、工場の現場にも大きな影響を及ぼします。新たな拠点での生産立ち上げには、品質管理体制の再構築、現地従業員の教育、製造プロセスの標準化など、膨大な労力が必要です。調達先を変更すれば、部品の品質評価や受け入れ検査の基準も見直さなければなりません。これらはすべて、現場のリーダーや技術者が担う業務であり、本来であれば既存製品の品質改善や生産性向上活動に向けるべきエネルギーが、変化への対応という名の「見えざるコスト」として消費されてしまうのです。
日本の製造業への示唆
今回のCESでの指摘は、グローバルに事業を展開する日本の製造業にとって、改めて自社の経営資源の配分を見直すきっかけとなるでしょう。以下に、我々が実務において考慮すべき点を整理します。
1. 外部環境への対応コストの可視化:
サプライチェーンの見直しや関税対策にかかる時間や費用を、単なる間接費としてではなく、事業機会の損失を含む「戦略的コスト」として認識することが重要です。このコストを経営陣と現場が共有することで、対策の優先順位や妥当性を冷静に判断する土台ができます。
2. 「守り」と「攻め」の経営バランス:
サプライチェーンの強靭化という「守り」の経営は不可欠ですが、それが企業の成長エンジンである技術革新や製品開発という「攻め」の活動を過度に圧迫していないか、常に自問する必要があります。限られたリソースの中で、いかにして両者のバランスを取るか、経営の舵取りが問われます。
3. イノベーションの火を絶やさない組織体制:
外部環境の混乱が常態化する時代においては、日々の問題対応に追われる部門とは別に、中長期的な視点で技術開発やイノベーションに専念できる組織や仕組みを維持・強化することが、企業の持続的な成長のために不可欠です。不確実な時代だからこそ、未来への投資を意識的に継続する強い意志が求められています。


コメント