米国政府、中国系企業による半導体製造施設の買収を阻止 ― 経済安全保障と製造業の現実

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米国財務省は、国家安全保障上のリスクを理由に、中国系企業による米国内の半導体製造施設の買収について、資産の売却を命じる大統領令が発出されたと発表しました。この動きは、半導体をはじめとする重要技術のサプライチェーンにおいて、経済安全保障が事業運営の前提条件となりつつある現実を浮き彫りにしています。

国家安全保障を理由とした資産売却命令

米国財務省は先日、対米外国投資委員会(CFIUS)による審査の結果、中国系資本の半導体メーカーによる米EMCORE社の半導体製造施設買収が、米国の国家安全保障にリスクをもたらすと結論付けたと発表しました。これを受け、バイデン大統領は当該資産の完全な売却を命じる大統領令に署名しました。今回の措置は、特定の企業間の取引に対し、政府が安全保障を名目として直接的に介入した明確な事例となります。

CFIUSは、外国企業による米国内企業への投資が国家安全保障に与える影響を審査する、省庁横断の委員会です。近年、特に先端技術や重要インフラに関わる分野で審査が厳格化される傾向にあり、今回の決定もその流れを汲むものと言えます。特に半導体は、民生品から防衛装備品まであらゆる製品の中核をなす戦略物資であり、その製造拠点が他国の影響下に置かれることへの警戒感が、今回の厳しい判断につながったと見られます。

製造拠点そのものが「戦略資産」となる時代

今回の事案で注目すべきは、特定の技術や知的財産の移転だけでなく、製造施設(ファブ)そのものが国家安全保障上の重要な資産として扱われている点です。コロナ禍以降、世界的にサプライチェーンの脆弱性が露呈し、各国は自国内での生産能力の維持・強化を重要政策として掲げるようになりました。特に半導体のような基幹産業においては、国内に製造拠点を確保すること自体が、経済安全保障の中核と位置づけられています。

これは、工場運営や生産技術に携わる我々にとっても示唆に富む動きです。これまで工場の価値は、主に生産性や品質、コスト競争力といった指標で測られてきました。しかし今後は、その工場が持つ「地政学的な価値」や「サプライチェーンにおける戦略的な位置づけ」といった側面も、事業継続性を左右する重要な要素となりつつあります。自社の工場が、意図せずして国家間の利害がぶつかる対象となる可能性も考慮に入れなければなりません。

グローバル展開における新たなリスク認識

この動きは米国に限った話ではありません。日本においても、安全保障上重要な技術や資産の国外流出を防ぐため、外為法(外国為替及び外国貿易法)による外資規制が年々強化されています。海外企業とのM&Aや合弁事業、あるいは技術提携などを検討する際には、これまで以上に相手企業の資本構成や、事業が関連する各国の規制動向に注意を払う必要があります。

特に、直接の取引相手だけでなく、その親会社や主要株主の国籍、さらにはサプライチェーンの上流にいる企業の資本背景までが、審査の対象となる可能性があります。法務や財務面でのデューデリジェンス(資産査定)に加え、こうした経済安全保障の観点からのリスク評価が、事業判断において不可欠なプロセスとなりつつあるのです。

日本の製造業への示唆

今回の米国政府の決定は、日本の製造業に従事する我々に以下の重要な示唆を与えます。

1. 経済安全保障は経営の重要課題であることの再認識
自社の技術、製品、そして製造拠点が、国家の安全保障と密接に関連する「戦略資産」と見なされる可能性があることを、経営層から現場の技術者までが共有する必要があります。これはもはや一部の防衛産業だけの話ではありません。

2. M&A・提携におけるリスク評価の深化
海外企業との資本提携やM&Aを検討する際は、事業シナジーや財務状況の評価に加え、相手企業の資本背景や関連国の外資規制を徹底的に調査することが不可欠です。専門家を交えた、地政学リスクを含むデューデリジェンスが求められます。

3. サプライチェーンにおける「見えざるリスク」への備え
自社だけでなく、重要な顧客やサプライヤーがこうした政府の介入によって、ある日突然事業の売却や取引停止を命じられる可能性も考慮に入れるべきです。サプライチェーンの多角化や代替調達先の確保を検討する上で、新たなリスクシナリオとして認識する必要があります。

4. 自社技術の棚卸しと管理徹底
自社が保有する技術のうち、どの部分が国際的に「機微技術」と見なされうるのかを客観的に評価し、情報管理や輸出管理体制を改めて見直すことが重要です。意図しない技術流出が、深刻な経営リスクにつながる時代になっています。

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