米国サンフランシスコ市が、国内の主要食品メーカー11社を相手取り、異例の訴訟を起こしました。争点は「超加工食品」が市民の健康に与える悪影響であり、この動きは、日本の製造業における製品開発やリスク管理のあり方にも一石を投じるものとなりそうです。
訴訟の概要:製品の「性質」そのものが問われる
2024年、米国サンフランシスコ市は、国内の大手食品・飲料メーカーを相手取り、公衆衛生を害したとして訴訟を提起しました。市側の主張の核心は、これらの企業が製造・販売する「超加工食品(Ultra-Processed Foods)」が、肥満や2型糖尿病、心臓病などの慢性疾患を引き起こすリスクを認識しながら、その危険性を意図的に軽視・隠蔽し、誤解を招くようなマーケティング活動を続けてきた、という点にあります。
この訴訟は、単なる製品の欠陥を問うものではありません。製品の「性質」そのものが、社会全体に害を及ぼす「公衆迷惑(Public Nuisance)」にあたると主張している点が特徴的です。これは、かつてタバコ産業やアスベスト、近年ではオピオイド系鎮痛薬の製造・販売元に対して起こされた訴訟と類似した構図であり、企業の社会的責任がより広範に問われる時代の流れを象徴していると言えるでしょう。
争点となる「超加工食品」とは何か
今回の訴訟で焦点となっている「超加工食品」とは、工業的なプロセスを経て製造され、家庭の調理では通常使用しないような多くの添加物(着色料、香料、乳化剤、保存料など)を含む食品を指します。具体的には、一部の包装されたスナック菓子、清涼飲料水、インスタント食品、冷凍ピザなどが該当します。
これらの食品は、安価で保存性が高く、手軽に利用できるという利便性から、現代の食生活に広く浸透しています。日本の食品メーカーにとっても、こうした製品は主力事業の一つです。しかし、今回の訴訟は、その利便性の裏側にある健康への長期的な影響について、製造者の責任を問うものに他なりません。製品の企画・開発段階において、栄養学的な観点や社会への影響をどこまで考慮すべきか、改めて考えさせられる事案です。
製造業が学ぶべき過去の教訓
この訴訟の展開を予測する上で、タバコ産業に対する訴訟の歴史が参考になります。当初、タバコ会社は喫煙と健康被害の因果関係を否定し続けました。しかし、訴訟の過程で、企業がその有害性を認識していたことを示す内部文書が明らかになり、最終的には巨額の賠償金の支払いと厳しい広告規制を受け入れることになりました。
今回の食品メーカーに対する訴訟においても、原告側は、企業が健康リスクに関する研究を知りながら、利益を優先して対策を怠ってきたと主張しています。これは、日本の製造業全般にとっても重要な示唆を含んでいます。自社製品に関するリスク情報を、たとえ科学的なコンセンサスが確立途上であっても、いかに誠実に捉え、消費者や社会と向き合っていくか。その姿勢そのものが、将来の経営リスクを大きく左右する可能性があります。
今後の見通しと日本企業への影響
この訴訟の判決がサンフランシスコ市に有利なものとなれば、他の自治体も追随する可能性が高く、食品業界全体に大きな影響が及ぶことは必至です。考えられる影響としては、損害賠償金の支払いだけでなく、製品成分の変更、パッケージへの警告表示の義務付け、子ども向けマーケティングの制限などが挙げられます。
これは、製品設計から生産プロセス、サプライチェーン、そしてマーケティング戦略に至るまで、事業の根幹を見直すことを迫られる事態です。特に、グローバルに事業を展開する日本の食品メーカーにとっては、決して対岸の火事ではありません。また、食品に限らず、化学物質や消費者向け製品を扱う他の製造業においても、製品が人の健康や社会に与える長期的な影響について、より一層の注意と透明性が求められるようになるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の訴訟から、日本の製造業が汲み取るべき教訓と実務的な示唆を以下に整理します。
1. 製品の長期的・社会的影響の再評価
従来の品質管理や安全基準を満たすだけでなく、自社製品が消費者の健康や社会全体に長期的にどのような影響を与えるか、という視点でのリスク評価が不可欠になります。これは、ESG経営における「S(社会)」の観点からも極めて重要です。
2. 情報開示における透明性の確保
製品に関する潜在的なリスクについて、科学的根拠に基づき、消費者に対して誠実かつ透明性の高い情報開示を行う姿勢が求められます。リスク情報を隠蔽したり、過度に楽観的な情報発信を行ったりすることは、将来的に企業の信頼を失墜させる大きなリスクとなり得ます。
3. 製造物責任(PL)の範囲拡大への備え
製造物責任の概念が、従来の「欠陥」から、製品の「性質」そのものが社会に与える影響へと拡大しつつあることを認識すべきです。法務・コンプライアンス部門は、こうした新たな訴訟リスクの動向を注視し、備えを固める必要があります。
4. 研究開発とマーケティングの倫理的連携
短期的な販売促進を目的としたマーケティングだけでなく、製品の便益とリスクを正確に伝え、消費者の賢明な選択を助けるようなコミュニケーションが重要になります。研究開発部門が持つ科学的知見と、マーケティング部門の倫理観が一体となった製品戦略が、企業の持続的な成長を支える基盤となるでしょう。


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