米国サンフランシスコ市が、国内の主要食品メーカー11社を相手取り、「超加工食品」が公衆衛生に害を与えているとして訴訟を提起しました。この動きは、従来の製造物責任の枠組みを超え、製品の設計思想そのものが問われる新たなリスクとして、日本の製造業にとっても無視できない事象と言えるでしょう。
訴訟の概要:何が起きているのか
米国カリフォルニア州サンフランシスコ市は、ペプシコやコカ・コーラ、ゼネラル・ミルズといった米国の著名な食品・飲料メーカー11社に対し、訴訟を提起したことを発表しました。訴訟の理由は、各社が製造・販売する「超加工食品(Ultra-processed foods)」が、肥満や糖尿病などの健康問題を引き起こし、地域社会に広範な害をもたらしている(公的不利益)というものです。この種の訴訟は米国でも初めての事例であり、その動向が注目されています。
この訴訟は、単なる製品の欠陥や異物混入といった従来の製造物責任とは一線を画します。問題とされているのは、製品の「設計」そのもの、つまり、消費者の嗜好に強く訴えかける一方で、健康への長期的な影響が懸念される成分構成や加工方法です。これは、かつてタバコ産業や製薬会社が直面した訴訟と類似の構造を持っており、企業の社会的責任がより踏み込んだ形で問われる時代の到来を示唆しています。
焦点となる「超加工食品」とは何か
今回の訴訟で中心的な概念となっている「超加工食品」とは、一体どのようなものを指すのでしょうか。これは、ブラジルで提唱された食品分類「NOVA分類」で定義された概念で、単なる「加工食品」とは区別されます。
具体的には、工業的に大量生産されることを前提とし、家庭の調理では通常用いないような複数の食品添加物(乳化剤、安定剤、香料、着色料など)を組み合わせ、高度な加工技術(押し出し成形、成形、糖化処理など)を用いて作られた食品を指します。多くの場合、糖分、脂肪、塩分が過剰に含まれる一方で、食物繊維やビタミン、ミネラルといった栄養素は乏しい傾向があります。スナック菓子、清涼飲料水、インスタント食品、一部の菓子パンなどが典型例として挙げられます。
製造業の視点から見れば、これらは生産効率、保存性、そして味や食感の均一性を追求した結果生まれた製品群です。しかし、その利便性や嗜好性の裏側で、健康への負の影響が指摘され始めたことが、今回の訴訟の背景にあります。
製造業における意味合いと今後の展望
この動きは、米国の食品業界に留まらず、世界の製造業全体に重要な問いを投げかけています。これまでは、合法的な原材料と製法で製造され、安全基準を満たしていれば、企業の責任は果たされていると見なされてきました。しかし、製品がもたらす長期的な社会的・健康的影響について、企業の責任を問うという新たな潮流が生まれつつあります。
日本の製造現場においても、効率やコスト、品質の安定性を追求するあまり、製品が最終的に社会や消費者に与える影響について、深く考察する機会は少なかったかもしれません。しかし、ESG(環境・社会・ガバナンス)経営が重視される現代において、企業は自社製品のライフサイクル全体にわたる責任を負うことが求められています。今回の訴訟は、その責任の範囲が、法規制の遵守だけでなく、より倫理的・社会的な側面にも及ぶことを明確に示した事例と言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
この度の米国の事例は、日本の製造業、特に最終消費財を扱う企業にとって、対岸の火事ではありません。以下に、我々が考慮すべき実務的な示唆を整理します。
- 製品設計思想の再評価:自社製品が、顧客の健康や社会環境に長期的にどのような影響を与える可能性があるか、改めて評価する視点が必要です。これはCSR活動の一環ではなく、事業継続に関わる重要なリスク管理となります。
- 新たな訴訟リスクの認識:これまでの製造物責任(PL)法が想定してきた「安全性の欠如」だけでなく、製品の「便益とリスクのバランス」そのものが、将来的に訴訟の対象となり得ることを認識する必要があります。
- 情報開示と透明性の確保:原材料の由来、製造プロセス、添加物の使用目的などについて、消費者に対してより透明性の高い情報を提供することが、企業の信頼性を高め、リスクを低減することに繋がります。
- サプライチェーン全体での管理:自社の製品だけでなく、サプライヤーから供給される原材料の特性についても把握し、サプライチェーン全体で製品の社会的影響を管理する体制の構築が求められます。
- 研究開発の方向性:より健康的で、持続可能な社会の実現に貢献する製品開発へのシフトは、もはや選択肢ではなく、企業の競争力を左右する必須の戦略となりつつあります。
今回の訴訟の帰結がどうなるかはまだ分かりませんが、社会が企業や製品を見る目は、確実に変化しています。ものづくりに携わる我々は、この変化を的確に捉え、誠実な製品開発と事業運営を継続していくことが求められています。


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