中国の半導体受託製造(ファウンドリ)最大手、SMICの株価が大きく上昇したことが報じられました。この動きは単なる市場の反応に留まらず、米中間の技術覇権争いや半導体サプライチェーンの構造変化を映し出す重要な事象と言えます。本稿では、このニュースの背景を解説し、日本の製造業が留意すべき点について考察します。
SMIC株価上昇の背景にあるもの
報道によれば、中国の半導体ファウンドリであるSMIC(Semiconductor Manufacturing International Corporation)の株価が堅調な動きを見せています。この背景には、同社が米国の厳しい輸出規制下にもかかわらず、7ナノメートル(nm)プロセスの半導体を製造し、中国の通信機器大手ファーウェイ(Huawei)の最新スマートフォンに供給したとの見方が広がっていることがあります。これは、中国が国家主導で半導体の国産化を強力に推進し、一定の技術水準に達しつつあることを示唆しています。
最先端のプロセス(3nmなど)には及ばないものの、7nmは依然として高性能な半導体であり、多くの電子機器にとって十分な性能を持っています。米国の規制によって最先端の製造装置(EUV露光装置など)へのアクセスが絶たれている中で、既存の技術や装置を駆使してこのレベルを達成したとすれば、その技術力と開発への執念は軽視できません。これは、地政学的な制約が、かえって特定地域の技術的自立を促すという現実を浮き彫りにしています。
サプライチェーンへの構造的影響
SMICの動向は、世界の半導体サプライチェーンが「効率」一辺倒の時代から、「安全保障」や「地政学リスク」を前提とする時代へと完全に移行したことを物語っています。これまで、世界中の企業が最適なコストと品質を求めてグローバルに供給網を構築してきましたが、米中対立の激化により、サプライチェーンの分断(デカップリング)が現実的な経営課題となっています。
日本の製造業、特に半導体や電子部品を扱う企業にとって、これは対岸の火事ではありません。自社の製品に使われる半導体や部材の調達先、あるいは自社製品の納入先が、こうした地政学的な力学の中にどのように位置づけられているかを再評価する必要があります。特に中国市場への依存度が高い企業にとっては、将来的な規制強化や供給途絶のリスクを織り込んだ事業継続計画(BCP)の策定が不可欠です。
技術開発と生産戦略への示唆
中国の急速な技術キャッチアップは、日本の製造業にとって脅威であると同時に、新たな事業機会の可能性も示唆しています。例えば、日本が強みを持つ製造装置や高品質な素材・化学薬品の分野では、今後もその優位性を維持・強化していく戦略が求められます。しかし、同時に中国国内のサプライヤーが技術力を高めている現実も直視しなくてはなりません。
工場運営や生産技術の観点からは、サプライヤーの多様化や生産拠点の複線化が一層重要になります。いわゆる「チャイナ・プラスワン」の動きを加速させるとともに、国内生産への回帰も現実的な選択肢として再検討すべき時期に来ています。特定の地域に依存した生産体制は、効率的ではあっても脆弱性を内包していることを、今回のSMICの件は改めて教えてくれます。
日本の製造業への示唆
今回のSMICを巡る動向から、日本の製造業関係者が得るべき実務的な示唆を以下に整理します。
1. 地政学リスクの常態化と情報収集の徹底:
米中間の対立は短期的なものではなく、事業環境を規定する構造的な要因となりました。各国の政策や規制の動向を継続的に監視し、自社の事業への影響を迅速に分析できる体制を整えることが、経営の必須要件となります。
2. サプライチェーンの脆弱性評価と再構築:
自社の調達網(Tier1だけでなくTier2以降も含む)における特定国・特定企業への依存度を正確に把握し、リスク評価を行うことが急務です。その上で、代替調達先の確保、在庫戦略の見直し、生産拠点の分散化など、供給網の強靭化(レジリエンス)に向けた具体的な手を打つ必要があります。
3. 技術優位性の再定義と戦略の見直し:
競合の技術開発動向を過小評価せず、客観的に分析することが重要です。自社の技術的な強みがどこにあるのかを再定義し、研究開発投資の方向性を見直すことが求められます。特に、製造装置や素材といった日本の強みが活きる領域でのリーダーシップをいかに維持していくかが問われます。
4. 国内生産体制の価値の再認識:
コスト効率だけでなく、安定供給や技術流出防止といった観点から、国内の生産拠点の価値を見直す好機です。自動化やDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進し、国内工場の生産性を高めることで、サプライチェーンのリスクヘッジと競争力強化を両立させる道を探るべきでしょう。


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