海外のメディア・エンターテイメント業界で「プロダクション会計士」という専門職の求人が見られます。一見、製造業とは無関係に思えますが、その役割を紐解くと、現代の日本の工場が抱える原価管理の課題解決に向けた重要なヒントが見えてきます。
異業種から学ぶ「プロダクション会計」という視点
元となった記事は、映像やイベントなどの制作プロジェクトにおける予算管理を専門に行う「プロダクション会計士」の求人情報です。この職種は、単に経費を計算するだけでなく、プロジェクトの企画段階から予算策定に関わり、制作の進行に合わせてリアルタイムでコストを管理し、予実差異の分析と対策を行う、いわばプロジェクトの収益責任を担う参謀役です。この「プロジェクトに深く入り込み、現場と一体となって予算を管理する」という考え方は、日本の製造業における原価管理のあり方を考える上で、非常に示唆に富んでいます。
製造現場における原価管理の現状と課題
日本の製造業では、伝統的に標準原価計算や実際原価計算といった手法が用いられてきました。しかし、これらの計算は月次決算の一環として経理部門が主導することが多く、現場からすると「月末になってから出てくる、少し遅れた数字」と捉えられがちです。現場の改善活動と、経理が算出する原価情報が必ずしもリアルタイムに連動しておらず、PDCAサイクルを回す上でのタイムラグが生じているケースは少なくありません。
また、多品種少量生産が進み、製品ライフサイクルが短縮化する中で、製品ごと、あるいは製造ロットごとの正確な原価を把握することはますます複雑化しています。設計変更や工程変更が頻繁に発生する現場では、標準原価と実際原価の差異分析だけでは、真のコストドライバーを特定し、具体的な改善アクションにつなげることが難しくなっています。
生産現場に求められる「製造会計担当者」の役割
こうした課題に対し、「プロダクション会計士」の役割を製造業に当てはめてみましょう。それは、経理部門に籍を置きながらも、その活動の中心は生産現場にあるような「製造会計担当者」とも呼べる存在です。
この担当者は、まず新製品の立ち上げ段階から設計部門や生産技術部門と連携し、目標原価の設定や原価企画に深く関与します。そして、量産開始後は、生産管理システムやIoT機器から得られる日々の生産実績、材料使用量、作業時間、不良率といった生きたデータを基に、原価の動向をリアルタイムで監視します。予期せぬコスト増が発生すれば、すぐに現場リーダーと共にその原因を究明し、対策を講じます。
重要なのは、単に数字を分析するだけでなく、その結果を現場が理解できる言葉や形式でフィードバックし、具体的な改善活動を支援することです。例えば、「この工程での段取り替え時間が想定より10分長いことが、製品一個あたりの加工費を5円押し上げています」といった具体的な情報を提供することで、現場の改善意欲と行動を促すことができます。このように、現場の活動と財務的な数値を結びつける翻訳者の役割を担うのです。
日本の製造業への示唆
今回の異業種の求人情報から、日本の製造業が学ぶべき点は多岐にわたります。以下に要点を整理します。
1. 原価管理の現場への接近
原価管理は、本社や経理部門の閉じた業務ではなく、製造現場と一体となった活動であるべきです。現場に常駐し、日々の操業状況を肌で感じながらコストの動きを追う体制を構築することが、より精度の高い管理につながります。
2. 専門人材の育成と配置
簿記や会計の知識だけでなく、生産プロセスや品質管理、IE(インダストリアル・エンジニアリング)といった現場の知識を併せ持つ人材が不可欠です。経理部門からの異動や、製造部門の技術者を会計研修に派遣するなど、部門を横断した戦略的な人材育成が求められます。
3. データのリアルタイム活用
月次の集計結果を待つのではなく、日々の生産データと原価情報を連携させ、異常を早期に検知する仕組みが重要です。これにより、問題が大きくなる前に手を打つ「管理会計」が実現します。
4. 経営判断への貢献
現場に根差した正確な原価情報は、製品ごとの真の収益性を明らかにし、適正な販売価格の設定や、不採算製品からの撤退、設備投資の意思決定など、より的確な経営判断の基盤となります。「製造会計担当者」は、現場と経営をつなぐ重要な架け橋となり得るのです。
工場の収益性向上は、単なる生産効率の改善だけでは限界があります。生産活動を財務的な視点でリアルタイムに評価し、改善へとつなげる仕組みと、それを担う専門人材の存在が、今後の競争力を左右する重要な要素となるでしょう。


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