台湾系化学メーカー、アリゾナに半導体向け新工場を建設 – 米国サプライチェーン再編の現実味

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台湾の大手EMS、クアンタ・コンピュータ傘下の化学メーカーが、米国アリゾナ州に半導体向け高純度薬品の新工場建設を開始しました。これは、米国のCHIPS法を背景とした半導体サプライチェーンの再構築が、完成品メーカーだけでなく素材・部材メーカーのレベルにまで具体的に及んでいることを示す象徴的な動きと言えます。

台湾エレクトロニクス大手の化学部門が米国へ

台湾のKing Plastic Corporation (KPC) の米国法人であるKPPC Advanced Chemicals社は、2023年11月1日、アリゾナ州カサグランデに新工場の起工式を行ったことを発表しました。KPCは、世界最大のノートPC受託製造メーカー(EMS)の一つであるクアンタ・コンピュータの関連会社であり、エレクトロニクス分野で豊富な実績を持っています。今回の新工場は、北米の半導体およびエレクトロニクス産業向けに、高純度の硫酸、イソプロピルアルコール(IPA)、アンモニア水といった、製造プロセスに不可欠な化学薬品を生産・供給する拠点となります。

半導体集積地「シリコンデザート」への戦略的投資

新工場の建設地であるアリゾナ州は、TSMCやIntelなどが相次いで巨大な半導体製造工場(ファブ)の建設や拡張を進めており、「シリコンデザート」と呼ばれる世界有数の半導体産業の集積地へと変貌を遂げつつあります。半導体製造において、ウェハーの洗浄やエッチング工程で使用される高純度化学薬品は、製品の品質と歩留まりを直接左右する極めて重要な材料です。これらの薬品を顧客である半導体工場の近隣で生産・供給することは、輸送中の汚染リスクを最小限に抑え、ジャストインタイムでの安定供給を可能にするという点で、サプライチェーン上の大きな利点となります。KPPCの今回の投資は、巨大な需要が見込まれる市場のすぐそばに製造拠点を構えるという、きわめて合理的な経営判断と言えるでしょう。

CHIPS法が促すサプライチェーンの地産地消

この動きの背景には、米国の「CHIPS・科学法」による国内半導体産業への強力な支援策があります。巨額の補助金によって半導体メーカーの国内投資を促すだけでなく、それに付随する素材、製造装置、インフラといった関連産業全体のサプライチェーンを米国内に呼び戻そうという国家戦略が動いています。これまでアジアに集中していた半導体関連のサプライヤーが、顧客である大手メーカーの動きに追随して米国へ投資するケースは今後も続くと考えられます。今回のKPPCの工場建設は、そうした世界的なサプライチェーン再編の潮流を具体的に示す一例です。

日本の製造業への示唆

今回のニュースは、日本の製造業、特に半導体関連の素材・装置メーカーにとって、無視できない重要な示唆を含んでいます。

1. サプライチェーンの「近接化」という潮流:
経済安全保障や地政学リスクへの対応として、顧客の主要生産拠点の近くに自社の製造・供給拠点を設置する「近接化(プロキシミティ戦略)」の重要性が増しています。特に半導体のような戦略物資に関わる分野では、この動きは今後さらに加速するでしょう。自社の顧客が海外で大規模な投資を行う際には、それに追随する形での海外進出や拠点拡充が、ビジネス機会を維持・拡大する上で不可欠な選択肢となり得ます。

2. 政府主導の産業政策が創出する新たな事業機会:
米国のCHIPS法や同様の各国の産業政策は、半導体メーカー本体だけでなく、その周辺の広範な産業に新たな事業機会をもたらします。日本の素材・化学メーカーが持つ高い技術力や品質管理能力は、こうした新しいサプライチェーンのエコシステムの中で大きな競争力となり得ます。自社の技術が、海外で新たに生まれる巨大な産業集積地でどのように貢献できるか、多角的に検討する価値は大きいでしょう。

3. グローバルな意思決定のスピード感:
台湾企業が米国の政策動向を的確に捉え、迅速に大規模な投資判断を下している点は注目に値します。グローバルなサプライチェーンの変化は非常に速く、一度構築されたエコシステムに後から参入するのは容易ではありません。変化の兆候をいち早く察知し、リスクを分析した上で迅速に行動を起こす経営判断のスピードが、これまで以上に求められています。

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