遠く離れたエチオピアの生産管理者の求人情報。一見、日本の製造業とは無関係に思えるかもしれませんが、そこにはグローバルな環境で活躍するために不可欠な、普遍的なスキルセットが示唆されています。本記事では、この求人情報から見えてくる事実を基に、日本の製造業が今見つめ直すべき人材要件について考察します。
はじめに:海外の求人情報に見る生産管理者の実像
先日、アフリカ・エチオピアにおける生産管理者(Production Manager)の求人情報が目に留まりました。その中で、応募要件として「生産管理ソフトウェアの経験」「意思決定能力」「適応性」「MS Office(Word, Excel, Access)」といったスキルが挙げられていました。これは、海外、特に新興国の生産拠点でどのような能力が求められているかを端的に示しており、日本の製造業にとっても示唆に富む内容と言えるでしょう。
基本スキルとしてのITリテラシーとその背景
まず注目すべきは、具体的なスキルとしてMS Office、特に「Access」が挙げられている点です。日本では、生産管理の中核をなすのはERPやMESといった統合システムであることが多く、Accessのスキルが必須要件となることは少なくなってきました。しかし、海外の、特にインフラが発展途上の拠点では、必ずしも高機能なシステムが導入されているとは限りません。
このような環境では、現場のリーダー自らがExcelやAccessを駆使して、生産計画や進捗、品質データなどを管理・分析するための簡易的なデータベースやツールを構築する能力が求められます。これは、与えられたシステムを使いこなす能力以上に、目の前の課題を解決するために「手元の道具で何とかする」という、より実践的で泥臭いITスキルです。日本の現場でも、ベテランの担当者がExcelマクロを駆使して業務を効率化している光景は珍しくありませんが、海外拠点ではそうした能力がより一層重要になることを示唆しています。
環境変化への「適応性」と迅速な「意思決定」の重要性
次に、「適応性(Adaptability)」と「意思決定能力(Decision-making skills)」が強調されている点も重要です。日本の国内工場は、比較的安定したインフラ、品質の高いサプライヤー、均質な労働力といった恵まれた環境の上で運営されています。しかし、海外拠点では、電力供給の不安定さ、サプライチェーンの寸断、現地従業員の文化や価値観の違い、予期せぬ法規制の変更など、日々不確実な要素に直面します。
このような環境下では、確立されたマニュアルや手順書通りに業務を進めるだけでは、工場を円滑に運営することはできません。想定外の事態が発生した際に、状況を冷静に分析し、限られた情報の中で最善の策を迅速に「意思決定」し、現場を動かしていく能力。そして、計画通りに進まないことを前提とし、変化に柔軟に対応していく「適応性」。これらは、まさに海外拠点のリーダーに不可欠な資質と言えるでしょう。これは、決められた枠組みの中で改善を進める日本のカイゼン活動とは少し異なり、ゼロベースで仕組みを構築し、危機を乗り越えるサバイバル能力に近いものかもしれません。
日本の製造業への示唆
今回の海外の求人情報は、日本の製造業に対していくつかの重要な示唆を与えてくれます。最後にその要点を整理します。
1. グローバル人材の育成における視点
海外拠点に派遣する人材には、特定の生産技術や品質管理手法といった専門知識だけでなく、本質的な問題解決能力が求められます。特に、高度なシステムがない環境でも業務を回せる基礎的なITスキル、そして不確実な状況下で冷静に判断を下す意思決定能力と適応性は、机上の学習だけでは身につきません。将来のグローバルリーダーを育成するためには、意図的にそうした裁量と責任のある経験を積ませる機会を設けることが重要です。
2. 国内業務におけるスキルの再評価
安定した環境にある国内工場では、知らず知らずのうちに「決まったことを正しく行う」能力に偏りがちです。しかし、市場環境の変動が激しくなる中、国内においても予期せぬ事態への対応力はますます重要になっています。海外拠点で求められるような「適応性」や「意思決定能力」は、国内工場のリーダーや技術者にとっても、改めてその重要性を認識すべきスキルと言えるでしょう。
3. DXの原点に立ち返る
大規模なシステム導入だけがDX(デジタルトランスフォーメーション)ではありません。現場の課題に対し、ExcelやAccessといった身近なツールを使ってでも解決しようとする姿勢こそ、DXの原点です。海外の求人に見られるような基礎的なITスキルの重視は、日本の現場においても、従業員一人ひとりのITリテラシーの底上げと、それに基づいたボトムアップの業務改善の重要性を再認識させてくれます。


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