近年、IT業界、特に金融システムのインフラ関連の求人情報で「Production Management」という言葉が散見されます。これは製造業で用いられる「生産管理」とは異なる意味合いを持ちますが、その根底には共通の思想があり、我々製造業にとっても示唆に富むものです。
IT業界における「Production Management」の役割
先日、海外の金融IT業界における求人情報の中に、「Infrastructure Production Management & Reliability Engineering」という職務名が見受けられました。直訳すれば「インフラ生産管理・信頼性技術」となりますが、これは一体どのような業務を指すのでしょうか。製造業に身を置く我々にとって、「生産管理」は馴染み深い言葉ですが、IT業界における使われ方は少し異なります。
ITの世界、特にシステム運用の文脈で「Production」という言葉は、開発環境(Development)や検証環境(Staging)と対比して、「本番環境」や「商用環境」を意味します。つまり、顧客が実際に利用している、稼働中のシステムそのものを指します。したがって、「Production Management」とは、この本番環境を安定的に稼働させ、サービスを滞りなく提供し続けるための管理活動全般を意味するのです。具体的な業務としては、システムの監視、障害発生時の迅速な検知と復旧、パフォーマンスの維持・改善、ソフトウェアのリリース管理、インフラ構成の自動化などが含まれます。これは、製造現場における生産設備の安定稼動を担う設備保全部門や、ラインの稼働率を管理する製造部門の役割と非常に近いものと言えるでしょう。
製造業の「生産管理」との比較
改めて、我々製造業における「生産管理」を振り返ってみましょう。その目的は、定められた品質(Quality)、コスト(Cost)、納期(Delivery)を満たすように生産活動を計画・統制することにあります。生産計画の立案、必要な資材の調達、工程の進捗管理、在庫の最適化、品質の維持・向上など、その範囲は多岐にわたります。
両者を比較すると、その対象と手法に違いが見られます。製造業が扱うのは「物理的なモノ」であるのに対し、IT業界が扱うのは「ソフトウェアやサービス」という無形のものです。しかし、その根底にある「顧客に価値を安定的に提供し続ける」という目的は共通しています。製造業が長年かけて培ってきた、生産ラインを止めないための予防保全や品質管理(TQC)の思想が、IT業界ではSRE(Site Reliability Engineering)やDevOpsといった新しい手法として形を変え、システムの安定稼働という目的のために実践されているのです。
思想の共通点と相互理解の重要性
なぜIT業界で、あえて製造業を想起させる「Production Management」という言葉が使われるのでしょうか。これは、現代のITサービスが社会や企業の活動を支える重要なインフラとなり、その安定稼働が極めて高いレベルで求められるようになったことの表れだと考えられます。かつてのように「システムは止まるもの」という前提ではなく、「止まってはならない生産ライン」として捉えるべきだ、という思想が背景にあるのでしょう。
このことは、自社のデジタル化(DX)を進める製造業にとっても重要な視点です。工場のスマート化やサプライチェーンのデジタル化において導入されるITシステムは、もはや補助的なツールではありません。それ自体が価値を生み出す「生産設備」の一部であり、その安定稼働は事業継続の生命線となります。製造部門と情報システム部門が互いの「生産管理」の知見を共有し、連携を深めることの重要性は、今後ますます高まっていくはずです。
日本の製造業への示唆
今回のIT業界における「Production Management」という言葉は、我々日本の製造業にいくつかの重要な示唆を与えてくれます。
1. 異業種から学ぶ姿勢の重要性
一見すると無関係に見えるIT業界の用語や手法にも、自社の課題を解決するヒントが隠されていることがあります。SREにおけるサービスレベル目標(SLO)の考え方は、製造現場の品質目標管理に応用できるかもしれません。固定観念に囚われず、他分野の優れた考え方を積極的に学ぶ姿勢が求められます。
2. DXにおけるITシステムの位置づけの再認識
DXを推進する上で、ITシステムを単なる効率化ツールとしてではなく、事業価値を生み出す「生産設備」そのものであると捉え直すことが不可欠です。システムの安定稼働を維持・管理する情報システム部門の役割は、工場の生産ラインを支える製造技術部門や保全部門と同等に重要であるという認識を、経営層から現場まで共有する必要があります。
3. 部門間の連携と人材育成
製造現場の課題を深く理解したIT技術者、そしてITシステムの仕組みを理解した製造現場のリーダー。このような、両方の領域に知見を持つ人材の育成が、今後の企業の競争力を左右します。部門の壁を越えたコミュニケーションを活性化させ、互いの「生産管理」の知恵を交換し合う文化を醸成していくことが望まれます。


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