世界最大級の技術見本市CESの動向は、もはや家電やIT業界だけのものではありません。CESを主催するCTAのトップ、ゲイリー・シャピロ氏の発言から、AIをはじめとする最新技術が、これからの製造業のあり方にどのような影響を与えるのかを読み解きます。
消費者向け技術トレンドが製造業の羅針盤となる時代
世界中の最新技術が一堂に会するCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)。その主催団体であるCTA(全米民生技術協会)のCEO、ゲイリー・シャピロ氏が、ポッドキャスト「Advanced Manufacturing Now」の中で、AIや製造業のイノベーションについて語りました。我々製造業の人間からすると、一見遠い世界の話に聞こえるかもしれません。しかし、シャピロ氏の発言は、今後の事業戦略や技術開発を考える上で、非常に重要な示唆に富んでいます。
かつて「家電ショー」のイメージが強かったCESですが、近年はその様相を大きく変えています。自動車メーカーが大規模な出展を行い、ヘルスケア、スマートシティ、そして製造業向けのソリューションまでが展示されるようになりました。これは、製品の価値がハードウェア単体ではなく、ソフトウェアやデータ、サービスとの連携によって生まれる時代になったことの現れです。消費者の生活を豊かにする技術は、形を変えて生産現場の課題解決にも応用される。この大きな潮流を理解することが、まず重要となります。
AIは「効率化の道具」から「価値創造のパートナー」へ
シャピロ氏が特に注目するAIは、製造業においてもその役割を大きく変えつつあります。これまでAIといえば、予知保全によるダウンタイム削減や、画像認識による検品自動化といった「効率化」の文脈で語られることが中心でした。
しかし、生成AIなどの登場により、その可能性は設計・開発、サプライチェーン、さらには新たなビジネスモデルの創出にまで広がっています。例えば、熟練技術者のノウハウを学習したAIが若手設計者の相談相手になったり、市場の需要変動や地政学リスクをリアルタイムに分析して最適な生産・調達計画を立案したりといった活用が現実のものとなりつつあります。AIを単なるコスト削減の道具として捉えるのではなく、企業の競争力を根幹から支える「知的なパートナー」として、いかに活用していくかという視点が求められます。
イノベーションは業界の垣根を越えて生まれる
シャピロ氏の話は、イノベーションがもはや一つの業界内だけで完結しないことも示唆しています。例えば、スマートフォンに搭載されている高性能なセンサーやカメラの技術は、工場のIoT化やロボットの「眼」として不可欠なものになっています。また、ゲーム業界で培われた高度なグラフィックス処理技術は、製品のデジタルツインやシミュレーションの精度を飛躍的に向上させました。
このように、消費者向け(BtoC)市場で磨かれた最先端の技術が、時を経て産業向け(BtoB)の分野に応用され、ブレークスルーを生む例は枚挙にいとまがありません。自社の事業領域だけに目を向けるのではなく、異業種の技術動向にもアンテナを張り、自社の課題解決や新たな価値創造に繋げられないかを常に模索する姿勢が、これからの技術者や経営者には不可欠と言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回のシャピロ氏の発言は、日本の製造業に携わる我々にいくつかの重要な視点を与えてくれます。第一に、消費者市場の技術トレンドを「対岸の火事」と見なさないことです。5年後、10年後の自社の製品や生産方式を根底から変える可能性を秘めた技術の芽が、そこにはあります。第二に、AIの活用をより具体的に、そして戦略的に考える必要性です。人手不足や技術継承といった喫緊の課題解決はもちろん、設計開発力の強化やサプライチェーンの強靭化といった、より付加価値の高い領域での活用を経営課題として捉えるべきでしょう。最後に、自前主義に固執せず、積極的に外部の知見や技術を取り入れるオープンな姿勢の重要性です。業界の垣根を越えた連携こそが、これまでにないイノベーションを生み出す土壌となります。変化の激しい時代において、常に外に目を向け、学び続けることが、企業の持続的な成長の鍵を握っていると言えるでしょう。


コメント