チリ養殖業の事例に学ぶ、サプライチェーンにおける化学物質管理と持続可能性

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南米チリの養殖業において、抗菌剤の責任ある使用に向けた産官学連携のロードマップが策定されました。この動きは、食品業界に限らず、日本の製造業がサプライチェーン全体のリスク管理と持続可能性を考える上で、重要な示唆を与えてくれます。

チリ養殖業における抗菌剤使用の課題

チリは世界有数のサケ養殖国であり、日本市場にも多くのサーモンを供給しています。その生産現場において、長らく課題とされてきたのが、魚病対策として使用される抗菌剤(抗生物質など)の管理です。抗菌剤の過剰な使用は、薬剤耐性菌(AMR)を生み出すリスクを高めることが世界的に懸念されています。薬剤耐性菌は、人や動物の感染症治療を困難にする深刻な問題であり、食品安全保障や公衆衛生上の大きな脅威とされています。

このような背景から、チリの養殖業界では、製品の安全性と環境への配慮、そして産業の持続可能性を両立させるため、抗菌剤の使用をいかに管理し、削減していくかが急務となっていました。これは、特定の産業だけの問題ではなく、グローバルなサプライチェーンに関わるすべての製造業者にとって無関係ではない課題と言えるでしょう。

産官学連携による「ロードマップ」の策定

この課題に対し、チリの水産養殖分野の専門家、研究機関、業界団体、そして政府関係者が協力し、「養殖業における抗菌剤の責任ある使用に向けたロードマップ」が公開されました。これは、特定の企業や団体だけでは解決が難しい複雑な問題に対し、関係者が一体となって取り組む姿勢を示す好事例です。日本の製造業においても、業界共通の課題解決に向けたコンソーシアムの形成など、同様の動きが見られますが、その重要性を再認識させられます。

このロードマップでは、単に使用量を規制するだけでなく、より多角的なアプローチが盛り込まれています。具体的には、病気の発生を未然に防ぐための飼育環境の改善やワクチン開発といった「予防措置の強化」、抗菌剤に代わる「代替治療法の研究開発」、そして、実際の使用状況を正確に把握・分析するための「データ収集と監視体制の強化」などが柱となっています。これは、製造業における品質管理の考え方、すなわち、問題が発生してから対処する「検査」だけでなく、問題の発生源を断つ「源流管理」や「プロセス改善」を重視する姿勢と通じるものがあります。

包括的なアプローチ「ワンヘルス」の視点

この取り組みの根底には、「ワンヘルス(One Health)」という考え方があります。これは、人の健康、動物の健康、そして環境の健全性を、それぞれ切り離されたものではなく、相互に連携する一つのものとして捉え、包括的に守っていこうというアプローチです。養殖魚の健康を守ることが、巡り巡って人の健康や生態系の保全に繋がるという視点は、非常に示唆に富んでいます。

この考え方は、近年のESG経営やサステナビリティの潮流とも軌を一にしています。自社の製造プロセスだけを最適化するのではなく、原材料の調達から製品の廃棄に至るまでのライフサイクル全体、さらには自社が事業活動を行う地域社会や自然環境まで含めて、その影響に責任を持つという考え方です。サプライチェーンがグローバルに広がる現代において、こうした包括的な視点は不可欠となりつつあります。

日本の製造業への示唆

今回のチリの事例は、日本の製造業、特に経営層や品質管理、調達、技術開発に携わる方々にとって、以下の点で重要な示唆を与えてくれます。

1. サプライチェーンの透明性とリスク評価の徹底
自社が使用する原材料や部品が、世界のどこで、どのような環境・規制の下で生産されているかを把握することの重要性が増しています。特に海外からの調達品については、現地の環境規制や化学物質に関する方針変更が、自社の生産や製品の品質、ひいてはブランドイメージに直接影響を与えるリスクがあります。サプライヤーに対する定期的な監査や情報開示要求だけでなく、こうしたマクロな動向を継続的に監視する体制が求められます。

2. 予防原則に基づくプロセスの再点検
抗菌剤の使用削減が「予防」に重点を置いているように、製造業においても、不具合の発生を未然に防ぐ「予防保全」や「源流管理」の考え方を一層強化する必要があります。これは、品質の安定化やコスト削減に直結するだけでなく、化学物質の使用量削減や廃棄物削減といった環境負荷低減にも繋がります。自社のプロセスにおいて、より川上の段階で対策を打てないか、常に問い続ける姿勢が重要です。

3. 化学物質管理と代替技術への投資
今回の抗菌剤に限らず、世界的に化学物質に対する規制は強化される傾向にあります。自社の製造プロセスで使用している化学物質について、環境や人体への影響を再評価し、より安全な代替物質への転換や、使用量を削減できる新技術の開発を計画的に進めることは、将来の事業リスクを低減させるための重要な投資と捉えるべきでしょう。

4. ステークホルダーとの協働による課題解決
環境問題や人権問題など、一社だけでは解決が困難な課題に対しては、業界団体や研究機関、時には競合他社とも連携し、業界全体のスタンダードを引き上げていくアプローチが有効です。チリの事例は、産官学が連携することで、より実効性の高い解決策を生み出せることを示しています。

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