ドイツ製造業の対中戦略に学ぶ、グローバル生産拠点の再定義 ― コスト削減から市場・技術獲得へのシフト

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近年、ドイツの有力製造企業が中国への投資を加速させています。その目的は、もはや単なる低コスト生産ではなく、巨大市場への対応と現地での技術開発を主眼に置いた戦略的な拠点化へと変化しているようです。本稿では、この「東方移転」とも呼ばれる動きの実態と、日本の製造業が学ぶべき視点について解説します。

ドイツ企業に見る「東方移転」という新たな潮流

最近、マテハン大手のBEUMER社が1億ユーロを投じて中国に新たな製造・R&D拠点を設立した事例に象徴されるように、ドイツの製造業による中国への戦略的投資が注目されています。これは、単に生産能力を増強するための投資ではありません。先進的な製造機能と研究開発(R&D)機能を一体化した拠点を構えるという点に、大きな特徴があります。こうした動きは「東方移転(Relocating Eastward)」と呼ばれ、従来のコスト削減を主目的とした生産移管とは一線を画すものとして捉えられています。

かつて「世界の工場」として位置づけられていた中国は、今や世界最大級の消費市場であり、同時にデジタル技術やEV(電気自動車)関連技術など、特定の分野では世界をリードするイノベーション拠点へと変貌を遂げました。ドイツ企業の動きは、こうした中国市場の質的な変化に対応し、事業機会を最大化するための戦略的な一手と解釈することができます。

なぜ今、中国への戦略的投資が加速するのか

地政学的な緊張の高まりから、グローバルサプライチェーンの見直しや「脱中国」の動きが報じられる一方で、なぜドイツの有力企業は中国への投資を続けるのでしょうか。その背景には、主に3つの合理的な理由があると考えられます。

第一に、市場への最適化(In China, for China)です。巨大かつ独自の進化を遂げる中国市場のニーズに応えるには、製品企画、開発、生産、販売までを現地で完結させる体制が不可欠です。特に、仕様変更のスピードが速い自動車産業やエレクトロニクス分野では、市場のすぐそばで開発・生産を行うことが競争優位に直結します。

第二に、サプライチェーンの強靭化です。世界的なパンデミックや地政学リスクを通じて、グローバルに長く伸びたサプライチェーンの脆弱性が明らかになりました。そこで、主要な市場ごとにサプライチェーンをブロック化し、地域内で調達から生産までを完結させる動きが加速しています。中国への投資は、この「中国市場ブロック」におけるサプライチェーンを自己完結させ、安定供給を確保するための戦略的な布石と見ることができます。これは、単純な「デカップリング(分離)」ではなく、リスクを管理しながら事業を継続する「デリスキング」の一環と言えるでしょう。

第三に、イノベーション拠点としての価値です。中国は今や、AI、IoT、自動化技術などの分野で独自の技術エコシステムを形成しています。現地の大学やスタートアップ企業との連携も活発です。R&D拠点を現地に置くことで、こうした現地の知見や開発スピードを自社に取り込み、グローバルな製品開発に活かす狙いがあります。

日本の製造業が取るべき視点

こうしたドイツ企業の動きは、日本の製造業にとっても示唆に富んでいます。日本では、人件費の高騰やカントリーリスクを背景に「チャイナ・プラスワン」として東南アジアなどへ生産拠点を分散させる議論が主流でした。しかし、ドイツ企業の戦略は、単純な「撤退」や「分散」だけが選択肢ではないことを示しています。

重要なのは、各拠点の役割を画一的に捉えるのではなく、市場や製品の特性に応じて戦略的に位置づけを見直すことです。例えば、「中国市場向けのハイテク製品は、開発から生産までを中国で完結させる」「グローバル向けの汎用製品は、コスト競争力のあるASEAN地域で生産する」といったように、拠点のポートフォリオを最適化する視点が求められます。自社の事業にとって中国市場がどのような意味を持つのか、コスト、市場、技術、サプライチェーンといった多角的な視点から、冷静に再評価する時期に来ていると言えるでしょう。

日本の製造業への示唆

今回のドイツ企業の動向から、日本の製造業が実務レベルで検討すべき要点を以下に整理します。

1. グローバル生産戦略の多角的な見直し
コスト効率一辺倒の拠点評価から脱却し、「市場へのアクセス」「技術獲得の機会」「サプライチェーンの安定性」といった複数の軸で、各拠点の役割と価値を再定義することが求められます。その上で、自社にとって最適なグローバル生産・開発体制を再設計する必要があります。

2. 「インチャイナ・フォーチャイナ」戦略の本格検討
中国を単なる輸出向け生産拠点ではなく、独立した巨大市場として捉え直す視点が重要です。現地のニーズに特化した製品開発、現地サプライヤーとの連携強化など、中国市場に深く根差した事業モデルの構築を検討する価値は大きいでしょう。

3. 地政学リスクを織り込んだサプライチェーン設計
グローバルで単一のサプライチェーンに依存するリスクを再認識し、主要市場ごとのブロック化・地域完結化を推進することが、事業継続性の観点から不可欠です。特に中国のように巨大な市場では、域内でのサプライチェーン完結が有効なリスク対策となり得ます。

4. 現地R&D機能の戦略的活用
現地での研究開発は、市場ニーズへの迅速な対応だけでなく、その地域独自の技術やイノベーションを取り込むためのアンテナとして機能します。単なる製造拠点としてではなく、現地の優秀な人材や技術エコシステムを活用する「開発拠点」としての可能性も探るべきです。

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