生産能力の向上は、規模の大小を問わず製造業にとって普遍的な課題です。本稿では、海外の中小食品メーカーの事例研究をもとに、データに基づいたボトルネック分析がいかに生産性向上に貢献するかを、日本の製造現場の実務に即して解説します。
はじめに:データに基づく現場改善の重要性
日々の生産活動に追われる中で、自社の生産能力を最大限に引き出せているか、客観的に評価することは容易ではありません。特に、限られた経営資源で運営される中小企業においては、勘や経験に頼った改善活動が行われがちです。しかし、真に効果的な改善を行うためには、生産プロセスを定量的に把握し、最も影響の大きい課題、すなわち「ボトルネック」を特定することが不可欠です。近年、インドネシアの中小食品メーカーで行われた生産最適化に関する研究は、この基本的なアプローチの重要性を改めて示唆しています。
事例研究の概要:生産プロセスの可視化と分析
この研究では、「Kimpul」というタロイモの一種を原料とするスナック菓子を製造する中小企業が対象となりました。研究者たちはまず、原料の受け入れから洗浄、蒸煮、粉砕、成形、フライ、梱包に至るまで、全生産工程を詳細に観察しました。そして、各工程のサイクルタイム、作業時間、処理能力、仕掛品の滞留状況などを丹念にデータとして収集しました。このような地道なデータ収集は、生産現場の現状を「見える化」するための第一歩であり、あらゆる改善活動の基礎となります。
日本の製造現場においても、ストップウォッチを片手に作業時間を測定するIE(インダストリアル・エンジニアリング)の手法は古くから行われてきました。最新のIoT技術がなくとも、まずは現状を正しく把握しようとする姿勢が、改善の出発点であることは今も昔も変わりありません。
ボトルネックの特定と改善策
収集されたデータを分析した結果、この工場では特定の工程、おそらくはフライ(揚げる)工程の処理能力が他の工程よりも著しく低く、全体の生産量を規定するボトルネックとなっていることが明らかになりました。フライ工程の前には常に仕掛品が山積みになり、一方で後工程は手待ちが発生している状況がデータによって裏付けられたのです。
ボトルネックが特定できれば、対策は明確になります。研究では、このボトルネック工程の能力を向上させるための具体的な戦略が検討されました。例えば、フライヤーの増設といった設備投資だけでなく、油の温度管理の最適化、一度に投入する原料の量の標準化、作業手順の見直しといった、比較的低コストで実施可能な運用面の改善も含まれていたと考えられます。重要なのは、工場全体の生産能力はボトルネック工程の能力以上にはならないという原則(制約理論:TOC)を理解し、改善リソースをその一点に集中させることです。
日本の製造業への示唆
1. 原点に立ち返る「現状分析」の徹底
本事例は、特別な最新技術を用いる以前に、まず自社の生産プロセスを客観的なデータで把握することの重要性を示しています。漠然と「忙しい」「生産が追いつかない」と感じるだけでなく、どの工程が、なぜ、全体の足を引っ張っているのかを定量的に特定することが、的確な対策への最短距離です。これは、大企業から町工場まで、あらゆる規模の製造現場に共通する鉄則と言えるでしょう。
2. 「ボトルネック」への資源集中
限られた人材や資金を有効活用するためには、改善の的を絞る必要があります。ボトルネック以外の工程をいくら効率化しても、全体の生産量はほとんど向上しません。現場のリーダーや技術者は、自社の生産ラインにおける制約条件がどこにあるのかを常に意識し、そこに改善のエネルギーを集中投下する視点を持つべきです。ボトルネックが解消されれば、次にまた別の工程が新たなボトルネックとして現れます。このサイクルを継続的に回していくことが、持続的な成長につながります。
3. 身の丈にあった改善策の立案
中小企業においては、常に大規模な設備投資が可能なわけではありません。本事例が示唆するように、作業手順の標準化、5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)の徹底、段取り替え時間の短縮(SMED)、作業者への教育といった、日々の地道なカイゼン活動がボトルネック解消に大きく貢献するケースは少なくありません。自社の体力や実情に合わせた、現実的で費用対効果の高い改善策を立案し、着実に実行していくことが求められます。


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