近年、製品の「売り切り」だけでなく、リースやサブスクリプションといったサービスとして提供するビジネスモデルが増えています。このような状況下で、販売需要とリース需要という性質の異なる要求に対し、限りある在庫をいかに最適に割り当てるかという課題が、製造業にとって新たな重要テーマとなりつつあります。
販売とリース、その根本的な違い
製造業における在庫管理は、需要と供給のバランスをとり、欠品による機会損失と過剰在庫によるコスト増をいかに防ぐかという点が常に課題となります。ここに「リース」という選択肢が加わると、問題はより一層複雑になります。
通常の「販売」は、製品が顧客に渡った時点で在庫が消滅する、いわば一方通行の取引です。一方で「リース」は、一定期間後に製品が返却され、再び在庫として計上される可能性があります。つまり、今日のリース向け出荷は、将来の在庫供給源となり得るわけです。この時間差と循環性を持つ在庫の流れを、従来の販売のみを前提とした在庫管理手法で最適に扱うことは容易ではありません。
在庫引当における判断の難しさ
現場では、販売とリースのどちらを優先するかという判断が日々求められます。例えば、新製品の初期ロットについて考えてみましょう。短期的な売上とキャッシュフローを最大化するためには、販売に多くを割り当てるのが合理的かもしれません。しかし、長期的な顧客関係の構築や安定した収益源の確保という観点からは、優良顧客向けのリースに在庫を振り分ける戦略も考えられます。
さらに、リースから返却された製品(中古品)の価値をどう評価し、再リース、中古市場での販売、あるいは部品取りとして活用するのかといった、製品ライフサイクル全体を見据えた判断も必要になります。これらの意思決定は、各部門の目標や担当者の経験則に依存しがちで、全社的な視点での最適解を見出すことが難しいのが実情ではないでしょうか。こうした複雑な条件下で、企業全体の利益を最大化するための合理的な在庫引当ルールをいかに構築するかが問われています。
データに基づく最適化アプローチの可能性
本稿が参考とした研究論文「Inventory Allocation for Leasing and Sales Demands」が示唆するように、この課題に対しては、数理モデルやシミュレーションといったデータに基づくアプローチが有効です。販売とリースの過去の需要データ、製品の収益性、返却時期や返却後の製品状態の予測などをインプットとし、利益が最大となる在庫の割り当て方を算出するのです。
このような最適化モデルを活用することで、これまで属人的な判断に頼らざるを得なかった在庫引当のプロセスに、客観的で定量的な根拠をもたらすことができます。もちろん、全ての状況をモデルで完璧に再現することは困難ですが、重要な意思決定を支援する強力なツールとなり得ることは間違いありません。特に、建設機械や産業機械、医療機器、IT関連機器など、販売とリースの両輪で事業を展開している企業にとっては、検討に値するアプローチと言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回のテーマから、日本の製造業が実務上考慮すべき点を以下に整理します。
1. ビジネスモデルと在庫管理の連動
製品のサービス化(サービタイゼーション)を進める上では、単にサービスメニューを増やすだけでなく、その裏側にある生産管理や在庫管理の仕組みも合わせて変革する必要があります。在庫を「コスト」や「モノ」としてだけでなく、将来の収益を生み出す「資産」として捉え、その価値を時間軸で最大化する視点が求められます。
2. データドリブンな意思決定への移行
販売部門とリース部門の力関係や、個人の経験知に頼った在庫配分から脱却し、データに基づいた客観的な判断基準を導入することが重要です。需要予測の精度向上はもちろん、リース品の返却予測や資産価値評価など、新たな管理指標を設け、それに基づいた最適化を図ることで、機会損失の削減と在庫効率の向上が期待できます。
3. 部門横断での全体最適の追求
在庫引当の最適化は、生産管理部門だけの課題ではありません。販売、リース、財務、経営企画といった各部門が、それぞれのKPIだけでなく、会社全体の利益という共通の目標に向かって連携することが不可欠です。サイロ化された組織では、部分最適の積み重ねが全体としての非効率を生む可能性があります。部門間の情報共有を密にし、全社的な視点から在庫戦略を議論する場を設けることが肝要です。


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