英国の大学院で開講されている「映画制作（プロダクション・マネジメント）」という修士課程の情報は、一見すると日本の製造業とは無関係に思えるかもしれません。しかし、その中核にある「リソースを管理し、計画通りに成果物を生み出す」という考え方は、我々の生産管理の本質と深く通底しています。
異業種に見る「生産管理」の本質
英国サウスウェールズ大学の修士課程には、「MA in Film (Production Management)」というプログラムが存在します。これは、映画という創造的な作品を、定められた予算、スケジュール、人材、機材といった制約の中で、一つのプロジェクトとして完遂させるためのマネジメント手法を学ぶものです。監督や俳優といったクリエイターを支え、制作プロセス全体を円滑に進める、いわば映画制作における「司令塔」の役割を担う人材を育成することを目的としています。
この「プロダクション・マネジメント」という言葉は、製造業における「生産管理（Production Management/Control）」と直結します。我々の現場では、QCD（品質・コスト・納期）を最適化するために、人、モノ、設備、情報といった経営資源を効率的に活用することが求められます。映画制作が「作品」という成果物を目指すのに対し、我々は「製品」という成果物を目指しますが、限られたリソースを駆使して計画を遂行し、価値を生み出すという点では、その本質は同じであると言えるでしょう。
プロジェクト型生産と量産型生産の共通点と相違点
映画制作は、典型的な「プロジェクト型」の生産活動です。毎回異なる脚本、キャスト、ロケ地という条件下で、一点ものの作品を創り上げます。これに対し、日本の製造業の多くは、標準化されたプロセスを通じて同一仕様の製品を繰り返し生産する「量産型」が主流です。しかし近年、顧客ニーズの多様化に伴い、多品種少量生産やマスカスタマイゼーションへの対応が求められる中で、製造現場にもプロジェクト的な要素が増えつつあります。
映画制作のプロダクション・マネージャーは、天候の変化、機材の故障、出演者の体調不良といった予期せぬトラブルに常に対応し、計画を柔軟に修正しながらプロジェクトをゴールに導かなければなりません。この不確実性の高い環境下で培われるリスク管理能力や、迅速な意思決定、そして各分野の専門家（撮影、照明、録音、美術など）を束ねる高度なコミュニケーション能力は、現代の複雑な製造現場を運営する上で、大いに参考になる視点です。
製造現場が映画制作から学べること
標準化と効率化を追求してきた我々の製造現場にとって、映画制作のようなクリエイティブな現場のマネジメント手法は、新たな気づきを与えてくれます。例えば、トラブル発生時に、マニュアル通りの対応だけでなく、現場の知恵とチームワークで創造的な解決策を見出す力。あるいは、各工程の専門家が互いの仕事を尊重し、円滑に連携することで、全体の生産性を高めていく組織文化。これらは、自律的な現場の実現や、部門間の壁を超えたコラボレーションを促進する上で、重要なヒントとなり得ます。
もちろん、製造業の生産管理は、統計的な品質管理（SQC）や生産平準化、ジャストインタイム（JIT）といった、科学的かつ体系的な手法に基づいており、その重要性は揺らぐものではありません。しかし、それらの手法を運用する「人」や「チーム」の力を最大限に引き出すという観点から、異業種のマネジメントに目を向けることは、硬直化しがちな思考を解きほぐす良い機会となるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の情報は、直接的な技術や手法に関するものではありませんが、我々が日頃取り組んでいる生産管理の在り方を、改めて見つめ直すきっかけを与えてくれます。以下に、日本の製造業が実務に活かすべき示唆を整理します。
- 視点の転換と本質の再確認：「生産管理」という活動は、製造業に限定されるものではなく、普遍的なマネジメント手法であることを再認識すべきです。異業種の事例から、自社の活動の本質的な価値や目的は何かを問い直すことが、改善の新たな切り口を見出すことにつながります。
- 不確実性への対応力強化：サプライチェーンの寸断や需要の急変など、現代の製造業を取り巻く環境は不確実性を増しています。映画制作の現場が持つような、計画の柔軟な見直しや、予期せぬ事態への即応力は、これからの工場運営において重要な能力となります。標準化を基盤としつつも、変化に強い現場づくりが求められます。
- 人とチームの連携強化：優れた製品は、優れたチームから生まれます。映画制作が多様な専門家の連携によって成り立っているように、製造現場においても、設計、生産技術、製造、品質保証、保全といった各部門の担当者が、それぞれの専門性を発揮しつつ、円滑に連携する仕組みと文化を醸成することが、競争力の源泉となります。
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