金属積層造形(AM)における品質の安定化は、多くの現場にとって重要な課題です。本稿では、従来の形状ベースの設計から一歩進み、造形プロセス中の「熱挙動」を設計要素として組み込むという新しいアプローチに関する研究を紹介し、その実務的な意義について解説します。
従来の積層造形における設計と品質の課題
金属3Dプリンタに代表される積層造形(AM)は、複雑形状の部品を一体で製造できる革新的な技術として、試作品開発から最終製品の製造まで、その活用範囲を広げています。しかしその一方で、造形中に発生する高い熱エネルギーに起因する反りや残留応力、割れといった品質上の課題に直面することも少なくありません。これらの問題は、部品の寸法精度や機械的特性に直接影響を及ぼすため、その克服が安定した生産の鍵となります。
これまで、こうした品質問題への対策は、熟練技術者の経験則に基づくサポート材の配置や造形パラメータの調整、あるいは造形後の熱処理といった後工程に頼る側面が大きいものでした。設計段階で用いられるCADシステムは、あくまで部品の「幾何学形状(ジオメトリ)」を定義するツールであり、造形プロセス中に局所的に発生する複雑な熱の入力や冷却の履歴といった物理現象を直接的に設計へ織り込むことは困難でした。そのため、設計、シミュレーション、製造の各工程で手戻りが発生し、開発期間の長期化やコスト増の一因となっていました。
熱挙動を統合した「サーマル・フィーチャー」という新概念
今回紹介する研究は、この課題に対する新しい解決策を提示しています。それは、従来の穴やボス、リブといった「幾何学的フィーチャー」の概念を拡張し、造形中の熱的な振る舞いを特徴づける「サーマル・フィーチャー」として設計段階で定義・活用しようというアプローチです。
具体的には、「熱が集中しやすい薄肉部」や「冷却が遅れ、内部に応力が溜まりやすい厚肉部」、「急激な温度変化が生じる形状の遷移部」といった領域を、設計者が意図をもってフィーチャーとして定義します。これにより、設計者は単に形状を作るだけでなく、その形状が造形プロセスにおいてどのような熱的影響を受けやすいかを、設計の初期段階から意識することが可能になります。
この概念が実用化されれば、設計データそのものが、形状情報に加えてプロセスに起因する物理的なリスク情報を含むことになります。これは、設計意図をより明確に後工程へ伝達し、部門間の連携を円滑にする上で非常に有効な手段となり得ます。
設計から製造へのシームレスな連携へ
サーマル・フィーチャーの導入は、設計から製造に至る一連のプロセスに大きな変化をもたらす可能性を秘めています。例えば、このフィーチャー情報を基に、熱解析(CAE)のメッシュを局所的に細かくしたり、注目すべき領域を自動で特定したりすることで、シミュレーションの精度と効率を大幅に向上させることが期待できます。
さらに将来的には、CAMソフトウェアがこのサーマル・フィーチャーを認識し、該当箇所のレーザー出力やスキャン速度といった造形パラメータを自動で最適化することも考えられます。これにより、これまで試行錯誤に頼っていた品質の作り込みを、より論理的かつ自動的に行えるようになり、積層造形における生産性と信頼性の向上に大きく貢献するでしょう。
日本の製造業への示唆
本研究が提案するアプローチは、日本の製造業が積層造形を本格的に活用していく上で、いくつかの重要な示唆を与えてくれます。
1. 設計思想の転換の必要性
積層造形を使いこなすには、単に「形状を設計する」という考え方から、「物理現象を予測し、品質を作り込む設計」へと発想を転換する必要があります。材料力学や伝熱工学といった基礎的な知見が、設計者にとってこれまで以上に重要になります。
2. 熟練技能の形式知化への応用
「この形状は反りやすい」「ここには熱がこもる」といった、現場の熟練者が持つ暗黙知を、「サーマル・フィーチャー」というデジタルな形で表現できる可能性があります。これは、貴重なノウハウを形式知化し、組織全体で共有・伝承していくための有効な手段となり得ます。設計の標準化や若手技術者の教育にも貢献するでしょう。
3. デジタルツールの連携強化
この概念は、CAD、CAM、CAEといったデジタルツールのより一層の連携・統合を促します。自社で導入しているソフトウェアの将来的な開発ロードマップを注視し、プロセス全体を俯瞰したデジタル環境の整備を計画的に進めることが、将来の競争力を左右する重要な要素になると考えられます。


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