異業種に学ぶ人材育成:豪州映像業界の「産官学連携」プログラムが製造業に与える示唆

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オーストラリアの映像業界で、州政府と教育機関が連携した大規模な人材育成プログラムが開始されました。一見すると無関係に思えるこの取り組みは、人手不足と専門技能の継承という共通の課題を抱える日本の製造業にとって、示唆に富む事例と言えるでしょう。

はじめに:異業種に潜む、共通の課題

先日、オーストラリアのニューサウスウェールズ(NSW)州で、映像制作業界の人材育成を目的とした大規模な官学連携プログラムが発表されました。これは、州の映画・テレビ制作支援機関が約1億円規模の予算を投じ、国内の有力な専門学校や大学と協力して、専門スキルを持つ制作スタッフ(クルー)を育成するというものです。このニュースは、業界は違えど、日本の製造業が直面している人材育成の課題を考える上で、非常に興味深い視点を提供してくれます。

豪州・映像業界における人材育成プログラムの概要

このプログラムは、NSW州政府の機関「Screen NSW」が主導し、オーストラリア映画テレビラジオ学校(AFTRS)や国立演劇学院(NIDA)、州立の職業技術専門学校(TAFE NSW)といった教育機関と連携して実施されます。背景には、世界的な映像コンテンツ需要の高まりを受け、国内の制作現場で深刻な人材不足が発生しているという事情があります。個別のプロダクションの努力だけでは追いつかないスキルギャップを、業界全体で埋めようという意図がうかがえます。

育成対象となる職種は、「制作管理(Production Management)」や「ポストプロダクション監修(Post-Production Supervision)」といったマネジメント層から、「衣装(Costume)」や「美術(Art Department)」といった高度な専門性が求められる職人技術まで、多岐にわたります。これは、単なる労働力の補充ではなく、映像制作という一種の「ものづくり」を支える各工程の専門性を体系的に維持・向上させようとする明確な戦略の表れです。

製造業の視点から見る、この取り組みの意義

この事例を日本の製造業の文脈に置き換えてみると、いくつかの重要なポイントが見えてきます。私たちの現場でも、熟練技術者の引退による技能伝承の問題や、DX(デジタルトランスフォーメーション)に対応できる新たなスキルを持つ人材の不足は、喫緊の課題となっています。

第一に、「OJT(On-the-Job Training)依存からの脱却」の必要性です。個々の企業の現場任せの教育には限界があり、特に基礎的な知識や体系的なスキルを学ぶ上では非効率な側面もあります。今回の豪州の例のように、業界団体や公的機関が地域の教育機関と連携し、標準化された教育プログラムを提供することは、産業全体の技術水準の底上げに繋がり、個社の教育負担を軽減する効果も期待できます。

第二に、「育成すべき専門職種の再定義」です。このプログラムでは、制作現場に必要な役割が明確に定義され、それぞれに特化した育成コースが設けられています。製造業においても、例えば「金型設計」「精密加工」「品質保証」「生産管理」「SCM(サプライチェーン・マネジメント)」といった専門職種について、今後求められるスキルセットを改めて定義し、それに基づいた育成計画を産学官で連携して構築することが、将来の競争力確保に不可欠ではないでしょうか。

最後に、「産業全体の魅力向上」という側面です。業界を挙げて人材育成に投資する姿勢は、これから社会に出る若い世代に対し、その産業が将来性があり、働く人材を大切にするという強いメッセージとなります。人手不足が恒常化する中で、個社の採用努力だけでなく、製造業という業界全体の魅力を高めるための協調的な取り組みが、今まさに求められています。

日本の製造業への示唆

今回の豪州・映像業界の事例は、日本の製造業にとって以下の実務的な示唆を与えてくれます。

  • 産官学連携の再評価と実践:地域の工業高校や高等専門学校、大学との連携を深め、現場のニーズを反映した共同教育プログラムやインターンシップを積極的に開発・導入することが重要です。単発の協力関係に留まらず、継続的な人材育成のエコシステムを構築する視点が求められます。
  • 技能伝承の体系化:熟練技術者の持つ暗黙知を形式知化し、OJTとOff-JT(研修など)を組み合わせた体系的な教育プログラムを設計することが急務です。業界団体が主導し、標準的なカリキュラムを作成することも有効な手段となり得ます。
  • 新たな専門人材の育成戦略:DXやGX(グリーン・トランスフォーメーション)といった大きな変革に対応するため、データサイエンティストやAIエンジニア、カーボンニュートラル技術者など、未来の工場に必要な人材像を明確にし、計画的な育成・確保に乗り出す必要があります。
  • 業界横断での課題共有:人材育成は一社の問題ではなく、サプライチェーン全体、ひいては日本の製造業全体の競争力に関わる共通課題です。業界団体や地域コンソーシアムなどを通じて知見を共有し、共同で解決策を探る姿勢が不可欠です。

異業種の取り組みから自社の課題を相対化し、新たな打ち手を構想することは、変化の激しい時代を乗り越える上で極めて有効なアプローチです。今回の事例が、皆様の現場における人材育成戦略を考える上での一助となれば幸いです。

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