昨今、製造業の枠を超えた分野から管理手法を学ぶことの重要性が指摘されています。本稿では、英国の教育機関で提供されている『イベント制作管理』というコース情報をきっかけに、一見すると無関係に見えるこの分野が、我々製造業の生産管理にどのような示唆を与えてくれるのかを考察します。
「イベント制作管理」とは何か
今回取り上げるのは、英国の教育機関で提供されている「Event Production Management(イベント制作管理)」というコースに関する情報です。これは、コンサートや展示会、スポーツイベントといった催しを、企画段階から本番の運営、そして終了後の撤収までを管理する専門分野です。製造業における「生産管理」が、定められた品質(Q)、コスト(C)、納期(D)で製品を製造するための管理活動であるのと同様に、イベント制作管理もまた、限られた予算と時間の中で、安全かつ高品質なイベント体験という価値を来場者に提供することを目的としています。対象は異なりますが、その根底に流れる管理思想には多くの共通点を見出すことができます。
製造業の生産管理との共通点と相違点
イベント制作と製造業の生産活動を比較すると、その特徴がより鮮明になります。共通するのは、目標達成のための計画立案、人員や機材といったリソースの配分、進捗管理、そして予期せぬ問題への対応といったプロセスです。どちらも、多くの専門家やサプライヤーと連携しながら、複雑な工程を সমন্ব(そご)なく進める必要があります。
一方で、大きな違いは、その生産形態にあります。多くの製造業が、標準化された製品を繰り返し生産する「量産」を基本とするのに対し、イベントは典型的な「一品受注生産」です。同じ演目のコンサートツアーであっても、会場の特性や当日の天候など、毎回条件が異なる一点物と言えます。そのため、失敗が許されない「本番一発勝負」という極めて高いプレッシャーの中で、最大限の成果を出すことが求められます。これは、製造業で言えば、大規模なプラントの定期修理や、新型ラインの一斉立ち上げといった、非定常業務のプロジェクトマネジメントに近い性質を持っています。
現場で活かせるイベント制作管理の視点
この「一回性」と「不確実性の高さ」を乗り越えるイベント制作管理の手法には、我々の現場運営や工場経営に活かせるヒントが数多く含まれています。
第一に、徹底した事前準備とリハーサルの重要性です。イベント業界では、本番で起こりうるあらゆる事態を想定し、詳細なタイムテーブルや役割分担、緊急時対応計画(コンティンジェンシープラン)を練り上げます。そして、可能な限り本番に近い形でのリハーサルを繰り返し、問題点を洗い出して潰し込みます。この姿勢は、製造現場における試作品の作り込みや、新人オペレーターへのOJT、あるいは防災訓練といった活動の質を、一段高いレベルに引き上げる上で大いに参考になるでしょう。
第二に、現場での柔軟な問題解決能力です。どれだけ周到に準備をしても、イベント本番では予期せぬ機材トラブルや急な仕様変更が発生します。重要なのは、現場の各担当者が状況を即座に判断し、与えられた権限の範囲で最善の対策を講じることです。そのためには、日頃からの密なコミュニケーションと、チーム全体の目的意識の共有が不可欠です。これは、製造現場で発生するチョコ停や品質不具合に対し、ラインを止めずに(あるいは影響を最小限に抑えて)迅速に対応する能力にも通じるものがあります。
最後に、多様な専門家を束ねるゴール共有の力です。イベントは、音響、照明、映像、設営、警備など、多種多様なプロフェッショナル集団の連携によって成り立っています。彼らを一つの方向に導くのは、「イベントを成功させ、来場者に最高の体験を届ける」という明確で魅力的なゴールです。我々製造業においても、設計、購買、生産技術、製造、品質保証といった各部門が、自部門のKPI達成という部分最適に陥ることなく、「顧客に最高の製品を届ける」という共通のゴールに向かって連携することの重要性を、改めて認識させられます。
日本の製造業への示唆
本稿で考察した「イベント制作管理」の視点は、日本の製造業が抱える課題解決の一助となり得ます。以下に、実務への示唆を整理します。
1. 非定常業務のマネジメント強化
特注品の製造、試作品開発、工場の移転・新設といった、一品生産型のプロジェクトにおいて、イベント制作管理のリスク洗い出しや詳細な計画手法は直接的に応用可能です。WBS(Work Breakdown Structure)をより精緻化し、あらゆる関係者を含めたシミュレーションやリハーサルを取り入れることで、プロジェクトの成功確率を高めることができるでしょう。
2. 現場の自律性と問題解決能力の向上
「本番」という時間的制約の中で成果を出すイベントの現場運営は、製造現場における変化点管理や異常処置能力の向上に示唆を与えます。現場リーダーへの権限移譲を進めるとともに、突発的なトラブルを想定した実践的な訓練を定期的に行うことで、変化に強い現場を育成することが期待されます。
3. 部門横断プロジェクトの推進力
新製品開発やDX推進など、部門を横断するプロジェクトが増加する中、関係者のベクトルを合わせる求心力が不可欠です。イベント制作のように、プロジェクトの「成功の定義」を明確にし、その魅力的なゴールをチーム全体で共有するアプローチは、組織の壁を越えた協業を円滑に進める上で有効な手段となるでしょう。


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