NASAが開発した3Dプリンタ専用の新超合金「GRX-810」- ODS合金が拓く製造業の未来

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NASAが、金属3Dプリンタ(AM)での利用を前提とした画期的な超合金「GRX-810」を開発しました。従来は製造が困難とされてきた酸化物分散強化(ODS)合金の特性をAM技術で引き出すこの動きは、航空宇宙分野のみならず、日本の製造業にも新たな可能性を示唆しています。

3Dプリンタ専用に設計された超合金「GRX-810」

近年、航空宇宙産業における金属アディティブ・マニュファクチャリング(AM、通称:金属3Dプリンタ)の活用が急速に進んでいますが、その可能性をさらに押し広げる材料が開発されました。NASA(アメリカ航空宇宙局)が開発した「GRX-810」は、AMプロセスでの造形を前提として設計された、新しいニッケル基の超合金です。ロケットエンジンのタービン部品など、2,000°F(約1,093℃)を超える極めて過酷な高温環境下での使用を想定しており、従来の超合金を凌駕する性能が期待されています。

性能の鍵を握る「酸化物分散強化(ODS)」技術

GRX-810の最大の特徴は、「酸化物分散強化(Oxide-Dispersion-Strengthened, ODS)」と呼ばれる技術を採用している点にあります。これは、金属の母材(マトリックス)の中に、イットリア(Y2O3)のような極めて安定した微細な酸化物の粒子をナノレベルで均一に分散させる技術です。これにより、高温環境下で材料が変形しにくくなる「クリープ耐性」が飛躍的に向上し、従来の合金では到達できなかった高い強度と耐久性を実現します。

しかし、このODS合金は、従来の鋳造や鍛造といった溶融を伴う製造法とは相性が良くありませんでした。溶融した金属の中では、比重の軽い酸化物粒子が凝集したり、浮き上がったりしてしまい、均一な分散状態を保つことが極めて困難だったからです。そのため、これまでは主に粉末冶金法が用いられてきましたが、製造できる形状に制約があるという課題がありました。

AM技術がODS合金の製造を可能にした

この長年の課題を解決したのが、レーザー粉末床溶融結合法(L-PBF)に代表されるAM技術です。AMプロセスでは、高出力のレーザービームで金属粉末を局所的かつ瞬時に溶融させ、急速に凝固させます。この非常に速い冷却速度が、酸化物粒子が凝集する時間を与えず、母材中に均一に分散したまま固化させることを可能にしました。

これにより、従来は不可能であった複雑な冷却流路や内部構造を持つODS合金部品を、一体で造形できる道が拓かれました。これは、部品の性能向上はもちろん、部品点数の削減や軽量化、開発期間の短縮にも大きく貢献します。まさに、製造プロセス(AM)の特性を最大限に活かすために、材料(GRX-810)が設計された好例と言えるでしょう。

日本の製造業への示唆

今回のNASAによるGRX-810の開発は、日本の製造業に携わる我々にとっても、いくつかの重要な示唆を与えてくれます。

第一に、材料開発と製造プロセスを一体で考えることの重要性です。「この材料だからこの工法」という従来の発想だけでなく、「このAMプロセスだからこそ実現できる材料」という逆転の発想が、革新的な製品を生み出す鍵となります。いわゆるDfAM(AMのための設計)の考え方を、材料レベルから適用する時代が到来したと言えます。

第二に、AM技術が、単なる試作品や治具の製作ツールから、極限性能が求められる最終製品の量産技術へと進化しているという事実です。特に、航空宇宙、発電用ガスタービン、高性能エンジンといった、高温強度や耐久性が競争力を左右する分野において、AMは不可欠な技術となりつつあります。自社の製品分野で、既存の材料や工法では超えられない性能の壁がある場合、AMと専用材料の組み合わせがブレークスルーになる可能性があります。

最後に、ODS合金のような難加工材へのアプローチです。我々の現場でも、高硬度材や耐熱合金の切削加工には多大なコストと時間を要しますが、AMであれば最終製品に近い形状(ニアネットシェイプ)で造形できるため、後工程の負荷を大幅に削減できる可能性があります。これは、コスト競争力の強化と、より複雑で高性能な設計の実現に直結する重要な視点です。

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