米海軍航空システム軍団(NAVAIR)は、アディティブ・マニュファクチャリング(AM)技術を航空機の保守・整備に活用し、サプライチェーンの課題解決と稼働率向上を実現しています。本記事では、その先進的な取り組みを、日本の製造業の実務者の視点から解説します。
背景:航空機の稼働率を支える保守部品の課題
米海軍の航空機は、長期にわたる運用が前提であり、旧式化した機体の保守部品の確保は常に大きな課題です。サプライヤーが既に存在しない、あるいは金型が廃棄されているといった理由で、必要な部品を調達するのに数ヶ月から一年以上を要することも珍しくありません。これは航空機の稼働率(即応性)に直接影響を与える深刻な問題であり、日本の製造業においても、製品の保守期間が終了した後のサービスパーツ供給で同様の課題に直面している現場は少なくないでしょう。
NAVAIRの組織的なAM活用アプローチ
米海軍航空システム軍団(NAVAIR)のAMチームは、こうした課題を解決するため、AM技術を組織的に活用しています。彼らの役割は、単に3Dプリンタで部品を製造することに留まりません。現場の整備担当者に対してAM技術のトレーニングを実施し、設計から製造、検査に至るまでの技術支援を提供しています。さらに、承認済みの部品については、誰でも再現可能なように標準化された「技術データパッケージ」を整備・提供しています。これは、AM技術を個人のスキルに依存させるのではなく、組織全体の能力として定着させようという強い意志の表れと言えます。
サプライチェーンの変革:オンデマンド生産の実現
AM活用の最大の効果は、サプライチェーンの劇的な変革にあります。従来、物理的な倉庫に保管されていた部品は、「デジタル・インベントリ(デジタル倉庫)」としてデータで保管され、必要に応じて、必要な場所でオンデマンドに製造することが可能になります。これにより、調達リードタイムは数ヶ月から数日へと劇的に短縮され、航空機のダウンタイムを最小限に抑えることができます。また、物理的な在庫を保管・管理するコストの削減にも繋がります。これは、世界中に拠点を持つ製造業が、各拠点で補給部品を迅速に供給するためのモデルケースとなり得るでしょう。
軍種を超えた連携と標準化の推進
NAVAIRの取り組みは、海軍内だけでなく、海兵隊や空軍といった他の軍種とも密接に連携して進められています。同じ部品や材料、プロセスを異なる組織で利用する場合、その品質や信頼性を担保するための標準化は不可欠です。軍種を超えて技術データや知見を共有することで、開発の重複を避け、組織全体の効率化と技術レベルの向上を図っています。大企業において、事業部や工場ごとに類似の取り組みがバラバラに進められてしまう「サイロ化」はよくある課題ですが、NAVAIRの連携アプローチは、組織横断で新技術を導入する際の重要なヒントを与えてくれます。
日本の製造業への示唆
今回の米海軍の事例は、防衛という特殊な分野ではありますが、日本の製造業が直面する課題解決の糸口を数多く含んでいます。
1. 保守・補給部品問題への応用
製造中止となった製品のサービスパーツ供給は、多くの企業にとって悩みの種です。金型の保管コストや、少量生産のための高額な費用といった問題を、AMによるオンデマンド生産で解決できる可能性があります。物理的な金型を「デジタルデータ」として保管することで、より効率的で持続可能な保守体制を構築できます。
2. サプライチェーンの強靭化(レジリエンス)
自然災害や地政学的リスクにより、サプライチェーンが寸断される事態は常に想定しておく必要があります。AMとデジタル・インベントリを活用すれば、遠隔地の工場や顧客先で直接部品を製造することも可能になり、サプライチェーンの脆弱性を補う有効な手段となり得ます。
3. 技術導入における組織的なアプローチの重要性
AMを真に活用するためには、3Dプリンタという「機械」を導入するだけでは不十分です。NAVAIRの事例が示すように、設計、材料、製造プロセス、品質保証といった一連の流れを標準化し、それを扱う人材を育成する包括的なアプローチが不可欠です。技術部門だけでなく、製造、品質、調達といった関連部署を巻き込んだ全社的な取り組みが成功の鍵となります。


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