米上院において、公共交通機関の調達から中国製のバスや鉄道車両を排除する超党派の法案が支持を集めています。この動きは、単なる国内産業保護に留まらず、経済安全保障の観点からサプライチェーンを見直す世界的な潮流を反映しており、日本の製造業にも重要な示唆を与えます。
米上院で支持される「STOP China Act」
米国上院において、超党派の支持を得て「Safeguarding Transit Operations to Prohibit (STOP) China Act」という法案が提出されました。この法案の主な目的は、連邦政府の資金、すなわち米国の税金が、中国政府の支援を受ける国有企業などが製造したバスや鉄道車両の購入に充てられることを禁止するものです。これは米国内の製造業と雇用を守ると同時に、国家安全保障上のリスクを低減することを目指しています。
法案の背景にある経済・安全保障上の懸念
この法案が提出された背景には、いくつかの深刻な懸念が存在します。一つは、中国の国有企業が政府からの巨額な補助金によって不当に安い価格を提示し、国際市場における公正な競争を歪めているという認識です。特に、鉄道車両メーカーのCRRC(中国中車)や、電気バスメーカーのBYDなどが米国の公共交通市場で急速にシェアを拡大したことに対し、米国内では強い警戒感が広がっていました。
もう一つのより深刻な懸念は、安全保障上のリスクです。現代の鉄道車両やバスには、運行管理や乗客情報システム、監視カメラなど、多数のソフトウェアやネットワーク機器が搭載されています。これらの重要インフラに中国製の機器が組み込まれることで、サイバー攻撃の標的となったり、機密データが不正に収集されたりする脆弱性が生まれるのではないか、という懸念が指摘されています。公共交通という国民生活に不可欠なインフラの根幹を、潜在的な敵対国に依存することへの危機感が、今回の法制化の動きを後押ししていると言えるでしょう。
「米国製」重視の流れと日本企業への影響
この動きは、一見すると競合である中国企業が米国市場から締め出されるため、日本の鉄道車両やバス、関連部品メーカーにとって好機と捉えられるかもしれません。実際に、品質や信頼性で定評のある日本製品にとって、価格競争が主な土俵であった状況が変化し、技術力や安全性が正当に評価される市場環境が生まれる可能性はあります。
しかし、この流れを楽観視することはできません。注意すべきは、この法案の根底にあるのが「Buy American(バイ・アメリカン)」、すなわち米国製品の購入を優先する思想である点です。中国製品を排除した先に求められるのは、必ずしも日本製品ではなく、あくまで「米国で製造された製品」です。したがって、日本企業がこの機会を活かすためには、米国での現地生産体制の強化や、米国内での部品調達比率の向上など、サプライチェーン全体で米国経済への貢献度を高める戦略が不可欠となります。単に日本から輸出するだけでは、新たな参入障壁に直面する可能性があることを認識しておく必要があります。
日本の製造業への示唆
今回の米国の動きは、公共交通分野に限った話ではありません。半導体や通信機器、重要鉱物など、経済安全保障の観点からグローバルなサプライチェーンの見直しが加速しています。日本の製造業関係者は、この大きな潮流を踏まえ、以下の点を考慮する必要があるでしょう。
1. 地政学リスクを組み込んだサプライチェーンの再評価
特定の国や地域への過度な依存が、ある日突然、事業継続を脅かすリスクになり得ることが改めて浮き彫りになりました。コスト効率だけでなく、地政学的な安定性や各国の政策動向を考慮した、より強靭なサプライチェーンの構築が急務です。
2. 主要市場における現地化戦略の重要性
米国だけでなく、欧州や他の地域でも自国・域内産業を保護・育成する動きが強まっています。主要な海外市場で事業を継続・拡大するためには、研究開発から生産、販売、サービスに至るまで、現地でのプレゼンスを高める「地産地消」の考え方がこれまで以上に重要になります。
3. 技術的優位性と信頼性の訴求
価格競争が全てではなくなる環境下では、品質、耐久性、安全性、そしてサイバーセキュリティを含む「信頼性」といった非価格競争力が、決定的な差別化要因となります。自社製品の技術的な優位性を、安全保障という新たな文脈の中で明確に訴求していくことが求められます。
4. 各国の政策・規制動向の継続的な監視
通商政策や安全保障に関わる法規制は、今後も目まぐるしく変化することが予想されます。特に米国の連邦・州レベルでの調達関連規制の動向を継続的に収集・分析し、迅速に経営戦略に反映させる体制を整えることが不可欠です。


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