中東のバーレーンが、イタリアの技術支援を受け、国内初となる産業用の積層造形(AM)施設を設立する計画を発表しました。この動きは、産油国における産業構造の転換と、グローバルな製造業の技術連携の新たな潮流を示すものとして注目されます。
国家戦略としての先進製造業への投資
このたび、バーレーンのアラブ造船修理ヤード(ASRY)が、イタリアの複数企業との間で、先進製造業分野での協力に関する新たな合意を締結したことが報じられました。この合意の中核となるのが、国内初となる産業用アディティブ・マニュファクチャリング(AM、いわゆる3Dプリンティング)施設の設立です。これは単なる一企業の取り組みではなく、石油依存経済からの脱却を目指すバーレーンの国家的な産業多角化戦略の一環と見られます。
特に注目すべきは、この取り組みの主体がASRYという、造船・船舶修理を主業務とする企業である点です。これは、AM技術が新しい製品開発だけでなく、既存の重工業における保守・修理(MRO: Maintenance, Repair, and Overhaul)の分野で大きな価値を発揮することを示唆しています。廃版となった部品のオンデマンド生産や、複雑な形状を持つ補修部品の迅速な製造など、AM技術は設備の稼働率向上やライフサイクルコストの削減に直結する可能性を秘めています。
イタリアとの技術連携が意味するもの
今回のプロジェクトで、バーレーンがパートナーとしてイタリアを選んだ背景には、イタリアが金属AM技術をはじめとする先進製造業分野で世界的に高い技術力と実績を有していることが挙げられます。今回の連携は、単なる工作機械の導入に留まらず、プロセス技術、材料開発、人材育成といったノウハウを含めた、包括的な技術移転を目的としていると考えられます。これにより、バーレーンはゼロから技術を開発する時間を短縮し、速やかに国内の技術基盤を構築することを目指しているのでしょう。
自国の産業を高度化する上で、自前主義に固執するのではなく、グローバルに最適なパートナーを見つけ、積極的にその知見を取り入れていく。このようなオープンな姿勢は、技術革新のスピードが加速する現代の製造業において、極めて合理的な戦略と言えます。
グローバル・サプライチェーンへの影響
中東地域に産業用のAM拠点が生まれることは、地域のサプライチェーンにも変化をもたらす可能性があります。これまで欧米やアジアからの輸入に頼っていた特定の部品について、現地での生産(地産地消)が可能になれば、リードタイムの短縮や輸送コストの削減、さらには地政学的なリスクへの耐性向上にも繋がります。
特に、エネルギーやプラント関連産業が集積する中東地域において、保守部品を迅速に供給できる能力は、競争上の大きな優位性となり得ます。この動きが他の湾岸諸国にも波及すれば、中東は単なる資源供給地から、先進技術を活用した新たな生産拠点へと変貌を遂げていくかもしれません。
日本の製造業への示唆
今回のバーレーンの動きは、遠い中東の出来事と捉えるべきではありません。日本の製造業にとっても、いくつかの重要な示唆を含んでいます。
1. 既存事業へのAM技術の適用拡大:
造船・修理という伝統的な重工業分野でのAM活用は、日本の基幹産業にとっても大いに参考になります。特に、多品種少量生産が求められる保守部品や治具の製作において、AM技術はコスト削減とリードタイム短縮の強力な武器となり得ます。自社の工場や事業の中に、AM技術が貢献できる領域が眠っていないか、改めて見直す良い機会となるでしょう。
2. サプライチェーン強靭化の手段として:
地政学リスクや自然災害など、サプライチェーンの寸断リスクが高まる中、AM技術による部品の内製化や生産拠点の分散は、事業継続計画(BCP)の観点からも重要性を増しています。必要な時に、必要な場所で、必要な数だけ部品を製造できる体制は、企業の競争力を根底から支えるものになります。
3. グローバルな技術連携の重要性:
バーレーンがイタリアの知見を活用したように、日本の製造業も、海外の先進的な技術を持つ企業や研究機関との連携をより一層強化していく必要があります。自社の強みを活かしつつ、外部の知見を柔軟に取り入れることで、技術革新のスピードに対応していく姿勢が、今後の成長の鍵を握ると言えるでしょう。


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