ドイツの自動車大手メルセデス・ベンツが、一部の部品組み立てにおいて接着剤の使用を減らし、ネジ留め方式へ回帰する方針を打ち出しました。この動きは単なる製造手法の変更に留まらず、サステナビリティや顧客との長期的な関係構築を見据えた、重要な経営戦略の一環と言えます。
製造現場における接着とネジ留めの潮流
自動車をはじめとする現代の製造業では、軽量化や車体剛性の向上、デザインの自由度、そして生産工程の自動化などを目的に、構造用接着剤の利用が拡大してきました。部品同士を面で接合できる接着は、応力集中を避けられる、異種材料を接合しやすいといった利点があり、近年のモノづくりにおいて重要な役割を担っています。しかしその一方で、一度接着された部品は分解が極めて困難であり、修理の際には部品ユニット全体を交換する「アッセンブリ交換」が主流とならざるを得ないという課題も抱えていました。
メルセデス・ベンツが「ネジ留め」に回帰する理由
今回のメルセデス・ベンツの方針転換は、こうした潮流に対する一つの問いかけと捉えることができます。彼らが目指すのは、主に「修理可能性の向上」と、それに伴う「循環型経済への貢献」です。例えば、ヘッドライトユニットの一部が損傷した場合、従来はユニット全体を交換する必要がありましたが、ネジ留め構造であれば、損傷した部品のみを交換することが可能になります。
このアプローチは、顧客にとっては修理コストの低減に繋がり、利便性を高めます。同時に、企業にとっては、製品のライフサイクル全体での環境負荷を低減するという大きなメリットが生まれます。不要な部品の製造・廃棄が減ることで、資源の節約はもちろん、元記事でも触れられているように、新品部品の製造過程で発生するCO2排出量の削減にも直接的に貢献するのです。これは欧州で高まる「修理する権利」の考え方や、サステナビリティ経営を重視する潮流とも合致する動きです。
「分解しやすさ」という新たな品質基準
この動きは、製品の品質に対する考え方にも変化を促すものです。これまでの品質が「いかに壊れないか」「いかに高性能か」という点に主眼が置かれていたとすれば、これからは「いかに修理しやすいか」「いかに長く使えるか」「いかに資源として再利用しやすいか」といった視点が、品質を構成する重要な要素となってきます。
製造現場の視点では、ネジ留めは接着に比べて部品点数や締め付け工程が増え、タクトタイムに影響を与える可能性も考えられます。しかし、製品ライフサイクル全体で見た場合のトータルコストや顧客満足度、そして企業の社会的責任といった観点から、こうした「サービスのための設計(Design for Service)」や「分解のための設計(Design for Disassembly)」の重要性が増していることは間違いありません。
日本の製造業への示唆
メルセデス・ベンツの事例は、日本の製造業にとっても多くの示唆を含んでいます。
1. 製品ライフサイクル全体での価値設計
これまでの「製造」段階での効率やコストを最適化する考え方から、使用、修理、廃棄、再利用といった製品のライフサイクル全体を見据えた設計思想への転換が求められます。これは、いわゆるサーキュラーエコノミー(循環型経済)への対応そのものです。
2. アフターサービス市場との連携強化
修理可能性を高めることは、補修部品の供給や修理サービスの提供といったアフターサービス事業の強化に繋がります。製品を「売り切る」ビジネスモデルから、顧客と長期的な関係を築くモデルへの移行を加速させる可能性があります。
3. 既存技術の再評価と応用
最新技術の追求だけでなく、ネジ留めのような確立された技術であっても、目的やコンセプトに応じて見直し、最適に活用する視点が重要です。温故知新の発想が、新たな価値を生み出すことがあります。
4. サステナビリティを経営と現場に統合
環境対応やサステナビリティは、もはやCSR(企業の社会的責任)活動の一部ではなく、製品設計や生産方式に直接組み込まれるべき経営の中核課題です。今回の事例は、その具体的なアプローチの一つを示していると言えるでしょう。


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