米国において、食品医薬品局(FDA)が危険な医療機器の回収(リコール)をメーカーに強制するケースは極めて稀である、と監視機関が報告しました。リコールの多くが企業の自主的な判断に委ねられているこの事実は、製品の安全性確保と企業の品質保証体制のあり方について、改めて考えるべき重要な論点を提示しています。
「自主回収」が基本となる米国の医療機器リコール
米国で公表された監視機関の報告書によると、人の生命や健康に重大な影響を及ぼす可能性のある医療機器であっても、FDAがその権限を行使してメーカーにリコールを強制命令することはほとんどない、という実態が明らかになりました。FDAはメーカーに対してリコールを「要請」することはできますが、最終的な実行判断の多くは、メーカー側の「自主回収」という形に委ねられています。
これは、規制当局が企業の自律的な品質管理活動を尊重しているとも言えますが、一方で、リコールの判断やそのタイミング、影響範囲の公表などが企業の判断に大きく左右されることを意味します。企業の対応が遅れた場合、市場に流通する危険な製品によって利用者の安全が脅かされる期間が長引くリスクを内包しています。
日本の製造業にとっても他人事ではない課題
この米国の状況は、日本の製造業、特に人命に関わる製品を扱う企業にとって決して対岸の火事ではありません。日本においても、医薬品医療機器等法(薬機法)に基づき厚生労働大臣が回収命令を出すことは可能ですが、実際には事業者による自主回収が基本となっています。つまり、製品の安全性に対する最終的な砦となるのは、規制当局の命令ではなく、企業の品質保証体制と高い倫理観なのです。
企業の経営判断が、時にリコールの実施を躊躇させる要因となり得ることは否定できません。しかし、対応の遅れは、顧客の信頼を失うだけでなく、企業存続を揺るがすほどの甚大な損害につながる可能性があります。規制当局の指示を待つのではなく、自社の基準に基づき、いかに迅速かつ誠実に行動できるかが問われます。
求められるプロアクティブな品質保証と危機管理
今回の報告書は、製造業における品質保証のあり方について、改めて深く考えるきっかけを与えてくれます。設計開発段階での潜在的リスクの洗い出し(FMEAなど)、製造工程における厳格な変更管理と品質管理、そして市場出荷後の製品監視(ポストマーケットサーベイランス)といった一連のプロセスを、形式的に行うのではなく、実効性のあるものとして機能させることが不可欠です。
特に、市場からの不具合情報を迅速に収集・分析し、安全上の懸念を検知した際に、速やかに経営層へエスカレーションし、リコールを含む適切な措置を決定する社内プロセスが確立されているかどうかが重要になります。これは品質保証部門だけの仕事ではなく、製造、開発、営業、経営層を含む全社的な取り組みが求められる領域です。
日本の製造業への示唆
今回の米国の事例から、日本の製造業が学ぶべき要点と実務への示唆を以下に整理します。
1. 品質保証体制の自律性の強化
法規制や行政指導は、遵守すべき最低限の基準です。それを超える高いレベルの品質基準と、それを担保する自律的な品質保証体制を社内に構築・維持することが、企業の競争力と社会的信頼の源泉となります。
2. 迅速な意思決定プロセスの確立
製品に安全上の懸念が生じた際、「誰が」「どのような情報に基づき」「どのような基準で」「いつまでに」リコール等の措置を判断するのか。この危機管理プロセスを事前に明確に定義し、定期的な訓練を通じて形骸化を防ぐことが重要です。
3. サプライチェーン全体での品質管理
自社の工程だけでなく、部品や原材料を供給するサプライヤーを含めたサプライチェーン全体で品質を管理する視点が不可欠です。サプライヤーとの品質情報の共有や定期的な監査を通じて、サプライチェーンに潜むリスクを管理下に置く必要があります。
4. 経営層の強いコミットメント
品質はコストではなく、事業継続の基盤となる最重要投資です。品質問題への対応は、経営トップの強いリーダーシップと、必要な経営資源を迅速に投入する覚悟がなければ成し得ません。現場任せにせず、経営課題として品質に向き合う姿勢がこれまで以上に求められています。

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