製品の再利用やリサイクルを前提とする「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」の考え方が、製造業のサプライチェーンのあり方を根本から見直す動きにつながっています。本記事では、この変化が日本のものづくり現場に何をもたらすのか、実務的な視点から解説します。
従来のサプライチェーンからの転換
これまで多くの製造業は、「リニアエコノミー(直線型経済)」と呼ばれるモデルを前提としてきました。これは、資源を採掘して製品を「作り」、顧客がそれを「使い」、最終的に「捨てる」という一方向の流れです。サプライチェーンも、この直線的な流れをいかに効率化するかに主眼が置かれてきました。
しかし、近年注目される「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」は、この前提を覆します。製品や資源を廃棄物とせず、修理、再利用、再資源化などを通じて価値を維持し、循環させ続けることを目指す考え方です。この転換は、単なる環境配慮活動にとどまらず、サプライチェーン全体の再設計を求める大きな変化となります。
なぜ今、サーキュラーエコノミーが重要なのか
この変化の背景には、いくつかの要因が挙げられます。まず、欧州連合(EU)のグリーンディール政策に代表されるように、世界的に環境規制が強化され、企業に対応が求められている点です。また、ESG投資の拡大に見られるように、投資家や金融機関も企業のサステナビリティへの取り組みを厳しく評価するようになりました。
さらに、日本の製造業にとってより直接的な経営課題として、資源価格の高騰や供給網の不安定化があります。多くの資源を輸入に頼る我が国にとって、使用済み製品から資源を回収し再利用することは、コスト削減や調達リスクの低減に直結する重要な戦略となり得ます。
サプライチェーンにおける具体的な変化
サーキュラーエコノミーへの移行は、サプライチェーンの各機能に具体的な変化を促します。
1. 静脈物流(リバースロジスティクス)の重要性
製品を顧客に届ける「動脈物流」だけでなく、使用済み製品や部品を回収するための「静脈物流(リバースロジスティクス)」の構築が不可欠になります。どこで、どのように、どれくらいの品質のものを回収するかという、全く新しい物流網の設計と管理が求められます。
2. 「循環」を前提とした製品設計
サプライチェーンの最上流である製品設計の考え方も大きく変わります。長く使える耐久性はもちろん、修理のしやすさ、部品交換の容易さ、使用後の分解・分別のしやすさなどを初期段階から織り込む「サーキュラーデザイン」が重要になります。これは、設計部門と生産技術部門の緊密な連携を必要とします。
3. 新たなパートナーシップの構築
製品の回収、解体、選別、再資源化などを担うリサイクル事業者や、修理サービス事業者など、これまで接点の少なかった企業との連携が新たなサプライチェーンの鍵となります。また、再生材の品質や供給量を確保するために、サプライヤーとの関係もより深化させる必要があるでしょう。
4. トレーサビリティの確保
製品に使用されている素材や部品が、回収後どのように循環しているかを追跡・管理するトレーサビリティの仕組みが重要性を増します。これにより、再生材の品質保証や、顧客・投資家への情報開示が可能になります。
日本の製造業への示唆
サーキュラーエコノミーへの移行は、日本の製造業にとって大きな挑戦であると同時に、新たな競争力を生み出す機会でもあります。以下に、実務への示唆を整理します。
・守りから攻めへの視点転換
環境規制への対応という「守り」の側面だけでなく、修理やメンテナンスといったサービス事業の創出、再生材利用によるコスト競争力の強化など、新たな付加価値を生む「攻め」の経営戦略として捉えることが重要です。
・部門横断での取り組み
この変革は、調達、設計、生産、物流、販売といった特定の部門だけで完結するものではありません。サプライチェーン全体を俯瞰し、全社的なプロジェクトとして推進していく必要があります。
・現場の知恵の活用
日本の製造現場には、「もったいない」の精神や、カイゼン活動を通じて培われた品質管理、効率化のノウハウが根付いています。こうした強みは、歩留まり向上や再資源化プロセスの構築において、大きな力を発揮するはずです。
・スモールスタートの重要性
最初から完璧な循環モデルを構築するのは容易ではありません。まずは、工場内での廃棄物の再資源化率を高める、特定製品の修理サービスを拡充する、再生材の利用を一部で試すなど、着手可能な範囲から取り組みを始めることが現実的でしょう。

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