近年、各国政府はサプライチェーンの安定性や安全性への関心を高めています。特に米国では、食品サプライチェーンにおける反競争的行為、とりわけ外国企業による市場支配への警戒が強まりました。この動きは、グローバルに事業展開する日本の製造業にとっても、サプライチェーン管理における新たな法的リスクを示唆しています。
背景：食品サプライチェーンに向けられた米国の厳しい視線
かつての米国トランプ政権は、大統領令を通じて食品、特に食肉分野のサプライチェーンにおける反競争的行為の調査を司法省に指示しました。これは、少数の巨大企業による市場の寡占化が進む中で、公正な競争が阻害されていないかという問題意識に基づくものです。特に注目すべきは、その監視の目が「外国企業が管理するサプライチェーン」にも向けられている点です。これは単なる経済問題としてではなく、食料という国の基幹産業における経済安全保障の観点から、サプライチェーンの脆弱性や外部からの影響力に対する懸念が背景にあると考えられます。
日本の製造業の現場から見れば、これは対岸の火事ではありません。特定の部品や原材料を海外の特定企業に依存しているケースは数多く存在します。コストや品質の面で最適化された結果であったとしても、相手国の政策変更や国際情勢の変化によって、供給が不安定になるだけでなく、今回のように独占禁止法といった法的な観点から監視の対象となる可能性をはらんでいるのです。
独占禁止法がサプライチェーン管理に与える影響
独占禁止法（反トラスト法）は、通常、価格カルテルや談合、市場分割といった企業間の協調行動を取り締まるために適用されることが多い法律です。しかし、今回の米国の動きは、サプライチェーンの構造そのものが競争を阻害する要因になり得るという視点を示しています。例えば、原料調達から生産、流通、販売までを垂直統合した巨大企業が、その支配的な地位を利用して新規参入者を不当に排除したり、取引先に一方的に不利な条件を押し付けたりする行為が問題視される可能性があります。
系列取引や協力会といった形でサプライヤーとの強固な関係性を築いてきた日本の製造業においても、この視点は重要です。国内では長年の慣行として受け入れられてきた取引形態であっても、海外、特に米国や欧州のような法規制の厳しい市場においては、それが現地の競争法に抵触するリスクはないか、慎重に検討する必要があります。自社のサプライチェーンが、意図せずして市場の公正な競争を阻害していると見なされることのないよう、契約内容や取引条件の透明性を確保することが求められます。
「外国企業」であることのリスク
元記事が「外国企業に管理された（foreign-controlled）」という点を特筆していることは、極めて重要です。これは、グローバル化が進んだ現代において、企業活動が経済合理性だけでなく、地政学や国家安全保障の文脈で評価されるようになっていることの表れです。ある国の基幹産業のサプライチェーンが外国企業の影響下に置かれることへの警戒感は、米国に限らず世界的な潮流となりつつあります。
日本企業もまた、海外で事業を展開する際には「外国企業」として見られます。現地の重要産業、例えば半導体、自動車、医薬品、インフラ関連などのサプライチェーンに深く関与する場合、その国の政府から同様の厳しい監視を受ける可能性があることを認識しておくべきです。M&Aや戦略的提携を進める上でも、経済的なメリットだけでなく、こうした政治的・法的なリスクを評価に組み込むことが、これまで以上に不可欠となっています。
日本の製造業への示唆
今回の米国の動向から、日本の製造業が学ぶべき実務的な示唆を以下に整理します。
1. サプライチェーンの多角的なリスク評価
従来のQCD（品質、コスト、納期）に加えて、独占禁止法や経済安全保障関連法規といった「法的・地政学的リスク」をサプライチェーン評価の新たな軸として加える必要があります。特定の国や企業への依存度を可視化し、代替調達先の確保や生産拠点の分散といったリスク低減策を具体的に検討することが重要です。
2. グローバルなコンプライアンス体制の強化
海外拠点における取引慣行が、現地の競争法に抵触しないか定期的に監査・見直しを行う体制が求められます。特に、市場で支配的な地位にあると見なされ得る企業は、取引先との契約内容や価格設定の公正性・透明性を担保する仕組みを構築し、記録を残しておくことが自衛策となります。
3. サプライチェーンの透明性と説明責任
自社のサプライチェーンがどのように構築され、どのように運営されているかを、規制当局や社会に対して説明できる準備をしておくことが重要です。サプライヤーとの関係性が公正な競争を阻害するものではなく、むしろ技術革新や品質向上に貢献していることを客観的なデータで示せるようにしておくことが、無用な疑念を避ける上で役立ちます。
グローバルな事業環境は、より複雑化し、予測が困難になっています。サプライチェーン管理は、単なる生産管理の一部門の課題ではなく、法務や経営戦略と一体で取り組むべき全社的な重要課題であるという認識を、経営層から現場まで共有することが不可欠です。
コメント