セイコーエプソンが欧州で発表したサステナビリティレポートは、同社が「循環型経済(サーキュラーエコノミー)」への移行を本格化させていることを示しています。本稿では、この動きを基に、これからの製造業に求められる製品設計や生産、サプライチェーンのあり方について考察します。
はじめに:欧州から加速するサーキュラーエコノミーへの要請
近年、特に欧州を中心に、環境規制の強化とサステナビリティへの意識が高まっています。これは単なる環境保護活動に留まらず、企業の競争力を左右する重要な経営課題となりつつあります。そうした中、セイコーエプソンの欧州法人であるEpson Europeが発表したサステナビリティレポートは、同社が排出量削減と共に「循環性(Circularity)」を事業の中核に据えようとしていることを明確に示しており、我々日本の製造業にとっても示唆に富むものです。
「循環」を前提とした製品設計とは
エプソンが目指す「循環のためのものづくり(Manufacturing for Circularity)」の核心は、製品の企画・設計段階にあります。これは、従来のリサイクルとは一線を画す考え方です。つまり、製品寿命が尽きた後のことを予め想定し、「分解・修理のしやすさ」「部品の再利用・再資源化のしやすさ」を設計に織り込むことを意味します。例えば、特殊な工具なしで主要部品を交換できる構造、あるいはリサイクルしやすいように単一素材の部品を増やすといった工夫が考えられます。これは、かつて日本製品が強みとしていた堅牢性や修理のしやすさといった思想を、現代の環境要請に合わせて再構築する試みとも言えるでしょう。
生産技術と工場運営への影響
この設計思想の転換は、生産現場にも変化を求めます。第一に、再生材やリサイクル部品を安定した品質で活用するための生産技術が不可欠となります。材料の物性評価や、品質基準の再設定など、品質管理部門との緊密な連携が求められるでしょう。第二に、使用済み製品の回収から分解、洗浄、修理、再組立までを行う「リマニュファクチャリング」のプロセスを工場内にどう組み込むか、という課題が浮上します。これは従来の大量生産モデルとは異なる、多品種少量かつ状態の異なる製品を扱う、新たな工場運営のノウハウを蓄積する機会ともなり得ます。
サプライチェーン全体の変革
サーキュラーエコノミーは、一社の努力だけでは実現できません。部品を供給するサプライヤーから、販売後の製品を回収する仕組み、そして再生品を再び市場に投入するチャネルまで、サプライチェーン全体を巻き込んだエコシステムの構築が必要です。特に重要となるのが、使用済み製品の効率的な回収スキームです。これには、顧客の協力を促すインセンティブ設計や、静脈物流(回収物流)の最適化など、バリューチェーン全体を見渡した戦略が求められます。また、どの部品がいつ製造され、どのように使われてきたかを追跡するトレーサビリティ技術の活用も、品質保証と資源管理の観点から不可欠となるでしょう。
日本の製造業への示唆
エプソンの取り組みは、日本の製造業が今後進むべき方向性について、いくつかの重要な示唆を与えてくれます。
1. 環境対応の事業機会化:
サーキュラーエコノミーへの対応は、規制遵守という守りの姿勢だけでなく、製品の長寿命化による顧客との長期的な関係構築や、修理・保守サービスといった新たな収益源を生み出す攻めの事業機会と捉えるべきです。
2. 設計思想の根本的な見直し:
「作って売る」というリニアなモデルから脱却し、「長く使ってもらう」「回収して再生する」という循環型モデルを前提とした製品開発が、技術者や設計者に求められます。これは、日本のものづくりが持つ品質へのこだわりや改善文化を活かせる領域でもあります。
3. サプライヤーとの連携強化:
自社だけでなく、サプライヤーにも環境配慮設計や再生材利用への協力を求める必要が出てきます。調達基準の見直しや、共同での技術開発など、より強固なパートナーシップの構築が企業の競争力を左右します。
4. スモールスタートの重要性:
全社的な大変革は容易ではありません。まずは特定製品の部品を再生材に切り替える、修理マニュアルを充実させ顧客自身での簡単な修理を可能にするなど、現場レベルで着手できることから始め、知見を蓄積していくことが現実的なアプローチと言えるでしょう。

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