RFID技術のリーディングカンパニーであるImpinj社が発表した最新の調査レポートは、高まり続ける消費者の期待と、グローバルサプライチェーンが直面する厳しい現実との間に「緊張関係」が拡大していることを示唆しています。本稿では、この調査結果をもとに、現代のサプライチェーンが抱える課題と、日本の製造業が取るべき対策について考察します。
はじめに:サプライチェーンに高まる「緊張」
米Impinj社が発表した調査レポート「サプライチェーンインテグリティ展望2026」は、現代のサプライチェーンが置かれた複雑な状況を浮き彫りにしています。レポートが指摘するのは、消費者が求める利便性や透明性と、企業が製品を供給する能力との間に生じている、看過できないギャップです。この「緊張関係」は、SNSによる急な需要変動から地政学的な関税問題まで、実に様々な要因によって引き起こされています。
高まる期待と、追いつけない供給網の現実
現代の消費者は、単に製品が手に入れば良いとは考えていません。注文すれば翌日には届く即時性、製品がどこでどのように作られたか追跡できる透明性、そして環境や人権に配慮した持続可能性(サステナビリティ)など、製品を取り巻くバリューチェーン全体に対して高い要求を突き付けています。特にBtoCビジネスに関わる製造業においては、こうした市場の声は無視できないものとなっています。
一方で、供給側である製造業の現場は、数多くの制約に直面しています。特定の国や地域に依存した部品調達の脆弱性、予期せぬ紛争や災害による物流の寸断、原材料価格や人件費の高騰、そして熟練労働者の不足など、計画通りに生産・供給を維持すること自体の難易度が年々高まっています。日本の多くの工場でも、顧客からの厳しい納期要求と、不安定な部品供給や物流の遅延との板挟みになり、生産計画の度重なる変更に苦慮しているのではないでしょうか。
「TikTokから関税まで」が象徴するもの
レポートのタイトルにある「From TikTok to Tariffs(TikTokから関税まで)」という言葉は、現代のサプライチェーンが直面する課題の多様性を象徴しています。
「TikTok」に代表されるSNSは、予測不能な需要の急増を引き起こす一因です。ある商品が突然話題になることで、数日、あるいは数時間のうちに膨大な注文が殺到する可能性があります。こうした突発的な需要の波に、従来の需要予測や生産計画で対応することは極めて困難です。
一方、「Tariffs(関税)」は、米中間の貿易摩擦に代表されるような地政学リスクや保護主義的な政策を指します。これにより、調達コストが予期せず上昇したり、最悪の場合は特定の国からの部品供給が完全に途絶えたりするリスクが常に存在します。サプライチェーンのグローバル化を進めてきた企業にとって、これは事業の根幹を揺るがしかねない問題です。
このように、市場の気まぐれとも言えるミクロな需要変動と、国家間の関係というマクロな政治・経済動向の両方から、サプライチェーンは常に揺さぶられているのです。
サプライチェーン・インテグリティという新たな視点
本調査では「サプライチェーン・インテグリティ(健全性・完全性)」という概念が重視されています。これは、単にモノを効率的に運ぶだけでなく、サプライチェーン全体が透明性、信頼性、倫理性、持続可能性を担保している状態を指します。製品の来歴が追跡可能であること、偽造品や粗悪品が混入しないこと、そして環境破壊や強制労働といった非倫理的な行為に関与していないことなどが含まれます。
もはや、自社の工場内だけで品質や効率を追求していれば良い時代ではありません。顧客や投資家は、調達先から物流、販売、廃棄に至るまでの全プロセスにおける企業の姿勢を評価します。サプライチェーン全体のインテグリティを確保することは、企業のブランド価値や社会的信用を維持するための必須要件となりつつあります。
日本の製造業への示唆
今回のImpinj社の調査レポートは、日本の製造業にとっても多くの実務的な示唆を与えてくれます。今後、我々が取り組むべき課題を以下に整理します。
1. サプライチェーンの可視化とデータ活用
まずは、自社のサプライチェーンが今どのような状況にあるのかを正確に把握することが第一歩です。RFIDタグのようなIoT技術を活用して、原材料の入荷から製品の出荷、さらには市場での流通に至るまで、モノの動きをリアルタイムで可視化することが重要になります。これにより、過剰在庫の削減やリードタイムの短縮だけでなく、トレーサビリティの確保や問題発生時の迅速な原因究明が可能となります。
2. サプライチェーンのレジリエンス(強靭性)強化
特定の国や一社のサプライヤーに依存する体制は、地政学リスクや災害に対して脆弱です。平時から調達先の複数化(マルチソース化)や生産拠点の分散を検討し、有事の際にも事業を継続できる強靭な供給網を構築しておく必要があります。国内回帰や近隣国での生産(ニアショアリング)も、リスク分散の有効な選択肢として再評価すべきでしょう。
3. 部門横断での需給バランス調整
高まる顧客の期待と、自社の供給能力とのギャップを埋めるのは、生産部門や調達部門だけの努力では限界があります。営業部門が得た市場情報や需要予測をリアルタイムで生産計画に反映させる、あるいは、供給能力の限界を営業部門が顧客に誠実に説明し、納期や仕様を調整するといった、部門を超えた密な連携が不可欠です。全社的な視点でのS&OP(Sales and Operations Planning)プロセスの高度化が求められます。
消費者や社会がサプライチェーン全体を評価する時代において、その透明性と健全性をいかに高めていくか。この問いに向き合うことが、これからの製造業の競争力を左右する重要な経営課題であると言えるでしょう。

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