近年のガートナー社の調査により、サプライチェーン部門におけるリーダーの離職や旧態依然とした人材育成が、組織のレジリエンス(強靭性)を著しく低下させるリスクとなっていることが明らかになりました。これは単なる人事問題ではなく、企業の事業継続そのものを揺るがしかねない経営課題と言えます。
サプライチェーン部門で顕在化するリーダーシップの課題
大手調査会社のガートナー社が実施した調査によると、多くの企業においてサプライチェーン部門のリーダーの離職、時代に合わなくなった人材育成、そして不明確なキャリアパスが深刻な問題となっています。これらの問題が、結果としてサプライチェーン全体の強靭性、すなわちレジリエンスを弱体化させる大きな要因になっていると指摘されています。
日本の製造業においても、この問題は決して他人事ではありません。長年、現場での経験を積んだベテランがその知識と勘を頼りにサプライチェーンを支えてきました。しかし、グローバル化の進展やデジタル技術の導入、そして予期せぬ地政学リスクなど、事業環境はかつてなく複雑化しています。従来のOJT中心の育成方法だけでは、こうした変化に対応できる次世代のリーダーを体系的に育てることが難しくなっているのが実情です。
旧態依然とした育成モデルの限界
多くの企業では、購買、生産管理、物流といった特定の機能分野で専門性を高めるキャリアパスが一般的でした。しかし、このアプローチでは、サプライチェーン全体を俯瞰し、部門間の利害を調整しながら最適な意思決定を下せるリーダーが育ちにくいという側面があります。部分最適の積み重ねが、必ずしも全体最適に繋がらないことは、多くの現場が経験していることでしょう。
また、サプライチェーン部門でのキャリアパスが魅力的でなく、将来像を描きにくいと感じる若手・中堅社員が、より成長機会を求めて他部門や他社へ流出するケースも少なくありません。優秀な人材の定着と育成は、サプライチェーンの安定的な運営に不可欠であり、その基盤が揺らいでいる状況は看過できません。
リーダーシップの不在がレジリエンスに与える影響
では、なぜリーダーシップの混乱がサプライチェーンのレジリエンスを脅かすのでしょうか。それは、サプライチェーンが平時だけでなく、有事の際にこそ真価が問われる機能だからです。例えば、大規模な自然災害、サプライヤーの倒産、国際情勢の急変といった不測の事態が発生した際、迅速かつ的確な判断を下せるリーダーがいなければ、対応は後手に回り、事業へのダメージは甚大なものとなります。
経験豊富なリーダーの離職は、組織に蓄積された暗黙知や過去の失敗から得た教訓の喪失に直結します。後継者が育っていなければ、いざという時に誰が指揮を執るのかが曖昧になり、組織的な混乱を招きかねません。リーダーシップの不在は、現場の士気を低下させ、日々の改善活動の停滞にも繋がり、じわじわと組織全体の対応力を削いでいくのです。
日本の製造業への示唆
今回の調査結果は、日本の製造業に対して重要な示唆を与えています。サプライチェーンの強化は、もはやシステムの導入や在庫の最適化といった戦術的な取り組みだけでは不十分です。それを担う「人」と「組織」の課題に、経営レベルで向き合う必要があります。
1. リーダー育成を経営課題として捉える
サプライチェーン部門の人材育成を、単なる人事マターではなく、事業継続計画(BCP)の一環と位置づけるべきです。将来のリーダー候補を早期に選抜し、意図的に部門横断的な経験を積ませるなど、戦略的な育成計画(サクセッションプラン)の策定と実行が急務です。
2. 体系的な育成プログラムの構築
従来のOJTに頼るだけでなく、サプライチェーン全体を学ぶための体系的な研修プログラムや、データ分析・デジタル技術といった新しいスキルを習得する機会を提供することが重要です。これにより、個人の経験則だけでなく、客観的なデータに基づいた意思決定ができるリーダーを育てることができます。
3. 魅力的なキャリアパスの提示
サプライチェーンという仕事の重要性と将来性を社内に広く認知させ、同部門で働くことが魅力的なキャリアとなるような道筋を示す必要があります。他部門のエース級人材を積極的に登用したり、経営幹部への登竜門として位置づけたりすることも有効な手段でしょう。現場のリーダーや管理職は、部下との対話を通じてキャリア形成を支援し、モチベーションを高める役割も担っています。
サプライチェーンのレジリエンスは、強固なインフラや優れたシステムだけで成り立つものではありません。不確実な時代を乗り越えるための最後の砦は、的確な判断力と実行力を持つリーダーの存在に他ならないのです。

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