脱炭素社会の実現に向け、再生可能エネルギー関連機器の需要は高まっています。しかし、その機器を製造するプロセス自体にも環境負荷低減が求められる時代になりました。本記事では、アディティブ・マニュファクチャリング(AM)技術が、いかにしてこの課題への有効な一手となり得るのかを解説します。
はじめに:製品だけでなく、製造プロセスにも向けられる脱炭素の目
太陽光パネル、風力タービン、そして次世代燃料の製造プラント。これら脱炭素化を支えるエネルギー機器の重要性は論を待ちません。しかし、その一方で、これらの機器を製造する過程、すなわち鋳造、鍛造、切削といった伝統的なモノづくりの手法が、相応のエネルギーを消費し、CO2を排出しているという事実にも目を向ける必要があります。
特に日本の製造業においては、サプライチェーン全体での環境負荷削減(スコープ3)への要請が強まっています。自社製品が環境に貢献するものであっても、その製造プロセスにおける排出量をおろそかにできなくなっているのです。このような背景から、製造プロセスそのものの革新が、企業の競争力を左右する重要な経営課題となりつつあります。
アディティブ・マニュファクチャリング(AM)という選択肢
この課題に対する有力な解決策の一つとして、アディティブ・マニュファクチャリング(AM)、いわゆる3Dプリンティング技術が注目されています。AMは、材料を一層ずつ積み重ねて立体物を造形する技術です。材料の塊から不要な部分を削り取っていく従来の「除去加工」とは対照的に、必要な部分にのみ材料を使用する「付加製造」である点が最大の特徴です。
この根本的な違いが、脱炭素化に大きく貢献する可能性を秘めています。材料の無駄を最小限に抑えることで、材料製造にかかるエネルギーや輸送コストを削減できるだけでなく、製造プロセスにおける様々な変革を促します。
AMがもたらす具体的な貢献
AM技術が製造業の脱炭素化に貢献する具体的な効果は、主に以下の3点に集約されます。
1. 部品の軽量化と高性能化
AMは、トポロジー最適化(構造上、負荷のかからない部分の材料を削ぎ落とす設計手法)との親和性が非常に高い技術です。これにより、従来の製法では実現不可能だった複雑で有機的な形状を生み出し、強度を維持したまま大幅な軽量化を実現できます。部品が軽量化されれば、それが組み込まれる最終製品の燃費やエネルギー効率の向上、さらには輸送時のCO2排出量削減に直接繋がります。
2. 部品点数の削減(アセンブリ統合)
従来は複数の部品を溶接やボルトで結合して製造していたユニットを、AMを用いることで一体成形することが可能です。これにより、組立工程そのものが不要となり、工数削減やリードタイム短縮が実現します。また、接合部がなくなることで製品の信頼性向上にも寄与し、製造プロセス全体の効率化とエネルギー消費削減に貢献します。
3. サプライチェーンの変革
AMは、デジタルデータさえあれば、必要な時に必要な場所で部品を製造する「オンデマンド生産」「分散製造」を可能にします。例えば、海外から調達していた部品を国内の拠点で製造したり、顧客の拠点の近くで補修部品を製造したりすることができます。これにより、長距離輸送に伴うCO2排出量や過剰な中間在庫を大幅に削減し、より強靭で環境負荷の少ないサプライチェーンを構築することが可能となります。
日本の製造業への示唆
本記事で解説した内容は、エネルギー機器メーカーに限らず、日本のすべての製造業にとって重要な示唆を含んでいます。
要点整理:
- 脱炭素化の要請は、自社製品の性能だけでなく、その「製造プロセス」や「サプライチェーン」全体に及んでいます。
- AM技術は、材料使用量の削減、部品の軽量化・統合、サプライチェーンの短縮を通じて、製造における環境負荷を多角的に低減する有効な手段です。
- 特に、金型が不要なAMは、多品種少量生産や補修部品の供給において大きな強みを発揮し、事業の継続性や強靭化にも貢献します。
実務へのヒント:
AMはもはや単なる試作品製作用の技術ではありません。最終製品、特に高い付加価値が求められる部品への適用が現実のものとなっています。自社の製品群を見渡し、「軽量化が性能向上に直結する部品」「複数の部品で構成されているユニット」「供給リードタイムや在庫が課題となっている補修部品」などがないか、設計思想の根本から見直してみる価値はあるでしょう。
もちろん、設備投資や技術者の育成といった課題は存在しますが、まずは外部の造形サービスを活用して特定の部品で効果を検証するなど、スモールスタートで知見を蓄積していくことが現実的な第一歩と言えます。環境対応が企業価値を大きく左右する時代において、AM技術をいかに戦略的に活用していくか、長期的な視点での検討が求められています。

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