紛争や自然災害といった極限状況下で人命を救う「人道支援」。その活動の成否を分けるのは、実はサプライチェーンの機能性にあると言われます。今回は、欧州委員会のスピーチを手がかりに、我々製造業が学ぶべきサプライチェーンの本質について考察します。
人道支援を支える「隠れたエンジン」
欧州委員会の人道援助・危機管理担当委員によるスピーチでは、人道支援におけるサプライチェーンを「命を救う活動の背後にある、隠れたエンジン(the hidden engine)」と表現しています。食料、医薬品、避難所を提供するための資材といった物資を、それを最も必要とする人々の元へ、いかにして届けるか。この「届ける」という機能そのものが、人道支援活動の根幹をなしているのです。
これは、我々製造業におけるサプライチェーンの役割と本質的に何ら変わりはありません。顧客が求める製品を、適切な品質・コストで、約束した納期までに届ける。そのために、部品調達から生産、在庫管理、物流までの一連の流れを最適化する。目的が営利活動であるか人命救助であるかの違いはあれど、その背後で機能するロジスティクスの重要性は共通しています。
営利目的サプライチェーンとの相違点と共通点
人道支援のサプライチェーンは、我々が普段対峙している環境とは大きく異なる、いくつかの特徴を持っています。
第一に、需要の不確実性が極めて高いことです。紛争や自然災害は突発的に発生し、必要な物資の種類や量が瞬時に変化します。市場調査に基づく需要予測が困難な世界です。第二に、供給インフラが脆弱、あるいは破壊されているケースが多いことです。道路、港湾、通信網が使えない中で、代替ルートや手段を即座に確保しなければなりません。第三に、資金や資源が常に制約されている点です。寄付に依存する活動では、コスト効率の追求は極めて重要になります。
しかし、こうした過酷な環境だからこそ、サプライチェーン管理の基本原則がより鮮明になります。それは、状況を正確に把握するための「可視性」、限られた資源を最適に配分する「計画性」、そして予期せぬ事態に対応する「柔軟性」です。これらは、近年の地政学リスクの高まりや自然災害の激甚化に直面する日本の製造業にとっても、改めてその重要性が認識されている課題と言えるでしょう。
極限状況下で求められる創造性と現場力
インフラが寸断された被災地に、どうやって医薬品を届けるか。正規の輸送ルートが使えない場合、現地のネットワークを駆使してロバやバイクで運ぶ、あるいはドローンを活用するなど、創造的な解決策が求められます。そこでは、事前に定められたマニュアル通りのオペレーションだけでは対応できません。
状況を最もよく知る現地のチームに一定の権限を移譲し、彼らの創意工夫と判断を尊重する。これは、日本の製造現場が誇る「改善活動」や「現場力」の考え方と通じるものがあります。予測不能な事態が常態化する現代において、サプライチェーン全体にわたって、こうした現場の対応力と創造性をいかに引き出すかが、レジリエンス(回復力・しなやかさ)を高める鍵となります。
日本の製造業への示唆
今回取り上げた人道支援サプライチェーンの話は、我々が日常業務の中で見失いがちな、いくつかの重要な視点を与えてくれます。
- サプライチェーンの原点回帰: 私たちの仕事の原点は「必要なものを、必要な時に、必要な場所へ届ける」ことにあります。効率やコストを追求するあまり、この本質的な使命を見失っていないか、自問する良い機会となります。
- レジリエンスの再評価: 人道支援の現場は、BCP(事業継続計画)が常に試される場です。平時からサプライヤーや輸送ルートの複線化、代替生産方式の検討など、不測の事態への備えを具体的に進めることの重要性を再認識させられます。
- 現場の判断力と権限移譲: 複雑化するサプライチェーンにおいて、すべての事態を中央でコントロールすることは不可能です。緊急時において迅速かつ的確な判断を下せるよう、現場リーダーの育成と適切な権限移譲が、組織全体の強靭さに繋がります。
- 社会的使命の認識: 自社の製品やサービスが、サプライチェーンを通じて社会にどのような価値を提供しているのかを改めて考えることは、従業員の働く意義や誇りを高めることにも繋がるでしょう。
人道支援という極限状況下でのサプライチェーン管理から学ぶことで、我々は自社のサプライチェーンをより強く、よりしなやかなものへと進化させるヒントを得ることができるのではないでしょうか。

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