米国の食品サプライチェーンにおいて、価格カルテル(価格協定)の疑いが浮上し、当時の政権が調査を指示したとの報道がありました。この問題は、他国の食品業界の話と片付けるのではなく、日本の製造業が自社のサプライチェーンの健全性やコンプライアンス体制を見直す上で、重要な示唆を与えてくれます。
米国で浮上した食品サプライチェーンへの疑念
報道によれば、当時のトランプ政権は、食肉加工大手などが不当に価格を協定している疑いがあるとして、司法省に調査を指示しました。これは、食料品価格の高騰に苦しむ消費者からの不満を背景にした動きと見られます。パンデミック禍におけるサプライチェーンの混乱に乗じて、一部の企業が市場支配的な地位を乱用し、不当な利益を得ているのではないかという厳しい目が向けられたのです。
この問題の根底には、特定の巨大企業が市場を支配する「寡占」状態があります。特に米国の食肉加工業界では、少数の企業が市場シェアの大部分を占めており、価格競争が働きにくい構造が指摘されてきました。このような状況下では、企業間の暗黙の了解や明示的な協定によって価格が維持・操作されるリスクが高まります。
サプライチェーンの構造的課題とコンプライアンス
この一件は、日本の製造業にとっても決して他人事ではありません。特定の基幹部品や特殊な原材料において、調達先がごく少数のサプライヤーに限られる「少数社購買」や「一社購買」となっているケースは珍しくないでしょう。こうした状況は、安定調達の観点からは合理的である一方、サプライヤーとの力関係を固定化させ、価格交渉の硬直化を招く可能性があります。
また、より深刻なのはコンプライアンス上のリスクです。価格カルテルや談合は、独占禁止法(公正競争阻害行為)として厳しく禁じられています。意図せずとも、業界団体での会合や、調達・営業担当者間での情報交換が、結果として価格協定と見なされる危険性も否定できません。ひとたび違法行為が認定されれば、企業は巨額の課徴金や社会的な信用の失墜といった、深刻なダメージを被ることになります。
自社のサプライチェーンを点検する視点
原材料価格の高騰や円安など、外部環境の厳しさが増す中で、コスト管理は製造業にとって最重要課題の一つです。しかし、その価格が公正な市場競争の結果として形成されているのか、あるいはサプライチェーン内のどこかに構造的な歪みや不透明な取引慣行が存在しないか、という視点を持つことが重要です。自社の調達価格の妥当性を検証するだけでなく、サプライチェーン全体の透明性を高め、公正な取引を推進していく姿勢が、企業の持続的な成長と社会からの信頼を支える基盤となります。
今回の米国の事例は、サプライチェーンが単なるモノの流れではなく、企業倫理やコンプライアンスが問われる場でもあることを、改めて我々に突きつけていると言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
この度の米国の事例から、日本の製造業が実務上、留意すべき点を以下に整理します。
1. サプライチェーンの透明性の確保
自社のサプライチェーン、特に調達プロセスにおいて、価格決定の背景や取引慣行が不透明になっていないか点検することが求められます。特に、長年の取引関係にある寡占的なサプライヤーとの価格については、定期的に市場価格との比較や妥当性の評価を行う仕組みを構築することが有効です。
2. 調達戦略の再評価とリスク分散
特定サプライヤーへの過度な依存は、価格交渉力の低下だけでなく、BCP(事業継続計画)上のリスクも高めます。代替材料の探索や、新規サプライヤーの開拓による調達先の複線化は、コスト競争力の強化とサプライチェーンの強靭化に不可欠な取り組みです。
3. 独占禁止法コンプライアンスの徹底
調達部門や営業部門の担当者に対し、同業他社との接触や情報交換に関する社内規程を改めて周知し、遵守を徹底する必要があります。何が法令違反にあたるのか、具体的な事例を交えた研修などを定期的に実施し、従業員のコンプライアンス意識を高めることが、未然にリスクを防ぐ上で極めて重要です。
4. 公正な取引慣行による信頼関係の構築
自社だけでなく、サプライヤーも含めたサプライチェーン全体で公正な競争環境を維持することが、最終的には業界全体の持続可能性につながります。短期的なコスト削減のみを追求するのではなく、長期的な視点に立ち、法令遵守を前提とした健全なパートナーシップを築いていく姿勢が、企業の社会的責任として求められています。

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